事実確認・謝罪の条項と「本件」の特定

事実確認の条は、清算の範囲を決める物差しです。書きすぎれば書面がプライバシーの塊になり、書かなさすぎれば何が終わったのかが分からなくなります。

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「既婚者と知らなかった」という一文を入れるかどうかで、相手方が署名するかどうかが決まることがあります。

このページの要点

  • 「本件不貞行為」を始まりと終わりの日で定義し、清算・求償・違約金の各条で同じ定義を使う。
  • 詳しさは、号立てで列挙する、簡潔に認める、前提事実と法的評価を分ける、の三つの型から選ぶ。
  • 相手方の既婚の認識は、触れない書き方か「知り、又は過失によりこれを知らずに」と定義する書き方で扱う。
  • 罪名や法的評価は断定せず、住所・生年月日・心身の状態などの記載は必要な限度にとどめる。

結論:事実確認は「清算の範囲」と「プライバシー」のつり合いで書く

示談書の冒頭に置く事実確認の条は、謝罪の前置きではありません。後に続く清算の条で「本件に関し一切解決した」と書いたとき、その「本件」が何を指すのかを決める物差しです。物差しが短すぎれば、終わったはずの問題が後から蒸し返されます。長すぎれば、終わらせるつもりのなかった請求まで消えてしまいます。

一方で、事実を詳しく書けば書くほど、書面そのものが当事者のプライバシーの塊になります。示談書は、当事者が保管し、場合によっては調停や裁判で提出される書面です。日時や場所、関係の態様まで書き込めば、書面が誰かの目に触れたときの被害も大きくなります。事務所は、清算の範囲を決めるのに必要な限度で事実を特定し、それ以上は書かないという方針で、事実確認の条を組み立てています。

このページでは、「本件」を期間で定義する方法、詳しさの異なる三つの書き方、相手方の認識(既婚と知っていたか)の扱い、法的評価を書面に断定しない書き方、謝罪の条項を、事務所の示談書と誓約書から整理します。事実確認の条と組になる清算の条は清算条項と請求権の留保、書面全体の組み方は書面の種類と当事者の組み方のページで扱います。

「本件」を期間で定義し、清算の対象と一致させる

事務所が配偶者の不貞相手との示談書で使った方法は、「本件不貞行為」を期間で定義することです。始まりの時期と、締結前の特定の日までの期間を書き、その間の交際及び肉体関係の一切を「本件不貞行為」と呼びます。そのうえで、清算の条の対象をこの定義と一致させ、「本件不貞行為に関し」と書きます。

条文例

第1条(事実の確認)

1乙は、甲の配偶者である丙との間で、○年○月頃から○年○月○日までの間、交際し肉体関係を持ったこと(以下「本件不貞行為」という。)を認める。

2乙は、本件不貞行為により甲に多大な精神的苦痛を与えたことを認め、甲に対し謝罪する。

終わりの日を「締結日」ではなく締結前の特定の日にしておくと、その翌日以後に関係が続いていた場合に、その分は清算の対象外になることがはっきりします。

期間で定義する利点は、二つあります。一つは、日時や場所を一つ一つ書かなくても範囲が決まることです。もう一つは、終わりの日を基準にして、それより後の行為を「新たな行為」として切り分けられることです。事務所の示談書では、清算が及ばないものとして「締結前の特定の日の翌日以後の乙の行為に基づく権利義務」を挙げ、事実確認の定義と清算の範囲をかみ合わせています。

期間の書き方は、相手方が認めている範囲と一致させる必要があります。ある案件では、相手方が関係の時期を認めたという連絡を受けて、事実確認の1文だけを修正した版をお出ししました。修正前と修正後の文面を機械的に照合し、ほかの条に意図しない変更が入っていないことを確かめたうえでお渡ししています。署名の直前に一部だけを差し替えるときほど、他の箇所が動いていないことの確認が欠かせません。

「本件不貞行為」という定義を使う後ろの条

条定義の使い方定義がぶれたときに起きること
清算「本件不貞行為に関し」解決したとし、終わりの日の翌日以後の行為を対象外にする終わったはずの期間の請求が蒸し返される、または新たな行為まで清算されたと主張される
求償権の放棄「本件不貞行為に基づく慰謝料の支払により」取得する求償権を放棄の対象にする放棄の範囲が広がり、本件と関係のない請求まで放棄したと読まれる
求償額の上限「本件不貞行為に関して」請求できる求償権と損害賠償請求権の合計に上限を付ける新たな不貞行為についての請求まで上限の対象になるかが争いになる
違約金終わりの日より後の接触や関係を、違約金の対象となる違反として扱うどこからが違反なのかが決まらない
口外禁止「本件不貞行為に関する事実」を口外してはならない対象にする何を話せば違反なのかが争いになる

定義は一度決めたら、後ろの条で言い換えないことが大切です。「本件」「本件不貞行為」「本件交際」が混在すると、それぞれが別のものを指すと読まれるおそれがあります。

ヒヤリングの問い 事実確認の条を書くために

  1. 関係があった期間は、いつからいつまでと把握していますか。

    この問いで決まること「本件不貞行為」の定義と、清算が及ぶ範囲の終わりの日が決まる。

  2. 相手方と配偶者は、どういう関係ですか(職場、取引先、知人など)。

    この問いで決まること接触禁止の条に、業務上の例外を置く必要があるかが決まる。

  3. 相手方は、関係があったこと自体を認めていますか。

    この問いで決まること相手方が「既婚と知らなかった」と言っているかどうかとは別に、事実確認の条を置けるかが決まる。

  4. 関係は、すでに終わっていますか。

    この問いで決まること終わりの日をいつにするか、関係の解消を約束させる条が要るかが決まる。

  5. 書面に謝罪の文言を入れたいですか。

    この問いで決まること謝罪の条を置くか、置くならどの程度の書き方にするかが決まる。

どこまで詳しく書くか:三つの書き方

事務所の書類を見ると、事実確認の詳しさには大きく三つの型があります。どれが正しいということではなく、相手方が署名する見込み、書面が第三者の目に触れるおそれ、後で争いになりそうな点がどこか、によって選びます。

事実確認の条の三つの型

型書き方向いている場面気をつけること
号立てで列挙する既婚と知っていた経緯、交際の期間と頻度、婚姻の日と発覚の日、婚姻共同生活が侵害されたことを号に分けて書く相手方が事実を争う可能性があり、後で支払義務の根拠を示したい書面が詳しい事実の記録になる。保管と口外禁止の条を厚くする
簡潔に認める日時や場所を書かず、「不貞行為に及んだ事実を認める」とだけ書く相手方が事実自体は認めており、プライバシーへの配慮を優先したい清算の範囲を別の方法(期間など)で特定する。相手方がこの表現で署名するかを事前に確かめる
前提事実と法的評価を分けるあった行為を前提事実として書き、それが法的に何に当たるかについては「認識で一致している」「争いはない」と分けて書く行為の評価について当事者の受け止めが違う評価の部分を断定しない。事実の部分は具体的に書く

簡潔に認める型を選んだ案件では、事務所は「不貞行為」の定義を、相手方が「婚姻関係にあることを知り、又は過失によりこれを知らずに」関係を持ったこと、としました。そのうえで、納品の際に、相手方がこの簡潔な表現で署名することを前提にした書面である旨を、確認事項としてお伝えしています。簡潔な書き方は、相手方が「そこまで認めた覚えはない」と言い出す余地を小さくする一方、何を認めたのかが薄くなります。署名の前に、相手方の受け止めを確かめておく必要があります。

前提事実と法的評価を分ける型は、夫婦間の誓約書で使いました。配偶者の行為について、依頼者ご自身も判例上の不貞行為には当たらないと受け止めていた一方、夫婦の信頼を大きく損なう行為であったことには争いがない、という事情がありました。そこで、三つの行為を前提事実として書いたうえで、「判例上の不貞行為には該当しないとの認識で一致していることを確認する。もっとも、……信頼を著しく損なうものであったことは争いがない」と、事実の確認と法的な評価を切り離しました。評価で争うのをやめ、事実と、その事実が夫婦の信頼に与えた影響のほうで合意する書き方です。

相手方の認識:「既婚と知らなかった」をどう扱うか

相手方が「既婚者とは知らなかった」と主張している場合、その一文を示談書に入れるかどうかは、相手方の署名を得られるかどうかに直結します。入れれば相手方は署名しやすくなりますが、被害を受けた側から見ると、相手方の責任の根拠を自ら薄める一文になります。逆に「既婚と知りながら」と書けば、相手方は署名を拒むかもしれません。

事務所が扱った示談書の一つでは、相手方の認識には一切触れない方針をとりました。「既婚者と知らなかった」とも、「知りながら」とも書かず、関係があった期間と事実だけを確認します。そのうえで、相手方が解決金を支払い、接触禁止などを約束する構成です。相手方の認識をめぐる争いを書面に持ち込まず、相手方が認めている事実の範囲で示談を成立させる考え方です。

もう一つの書き方が、先に挙げた「知り、又は過失によりこれを知らずに」という定義です。相手方が知っていたか、知らなかったけれども知ることができたか、のどちらかであれば足りる書き方で、相手方がどちらだったかを決めずに済みます。どちらの書き方をとるかは、相手方がどこまで認めているか、被害を受けた側が何を書面に残したいかで決めます。

なお、「既婚と知っていたか」と「関係があったこと自体を認めるか」は、別の問いです。事務所のヒヤリングシートでも、この二つを分けて伺っています。相手方が既婚の認識は否定しつつ、関係があったこと自体は認めているなら、事実確認の条は置けます。反対に、関係そのものを否定しているなら、事実を認める条を置いた示談書には署名が得られません。その場合は、事実についての見解の違いを確認したうえで解決金を支払う書き方や、まず通知書でこちらの認識を伝える方法を検討することになります。見解の違いを残したまま解決する書き方は刑事事件・SNSのトラブルの示談書、通知書は内容証明・通知書のページで扱います。

法的な評価を、書面で断定しない

示談書は裁判の判決ではありません。当事者の行為が、刑法のどの罪に当たるか、名誉毀損や信用毀損に当たるかを、示談書の中で断定的に書く必要はありませんし、書かないほうがよい場合が多くあります。断定した評価に相手方が納得していなければ署名を得られず、署名を得たとしても、その評価が正しくなければ書面全体の信用を損ないます。

見比べ 他人の物を無断で売却したトラブルの示談書

行為の評価

当初の案

刑法の窃盗・横領の条番号を挙げて、行為がこれに当たると書く。

納品版

「刑法その他の法令に抵触しうる行為」と書く。

理由罪名の当てはめは捜査機関と裁判所が判断すること。示談書で断定しても当事者を拘束せず、相手方の反発を招く。

当事者の呼び方

当初の案

被害届が出ていたため、相手方を「被疑者」と呼ぶ。

納品版

「加害者」と呼ぶ。

理由「被疑者」は刑事手続の中での呼び方。民事の合意書面で使う必要はない。

個人情報

当初の案

当事者の生年月日を記載する。

納品版

生年月日の記載を削る。

理由当事者の特定に必要な範囲を超える情報は、書面が人目に触れたときの不利益を大きくする。

償いの金銭を払う場面でも、同じ考え方が使えます。事務所が作成した私的なトラブルの示談書では、事実確認を「一定の共通理解を形成した」という書き方にとどめ、償いとしての金銭の支払は「法的責任の承認ではない」と明記しました。支払う側が法的責任を認めることには抵抗があっても、トラブルを終わらせるために一定の金銭を払うことには応じられる、という場面で、相手方の署名を得やすくする書き方です。事実に争いを残したまま解決する書き方は、刑事事件になりうるトラブルで特によく使います。

当事者の表示:住所・生年月日・日付をどこまで書くか

事実確認の詳しさと並んで、プライバシーに関わるのが当事者の表示です。示談書には当事者を特定するために氏名と住所を書くのが一般的ですが、住所をどの書面に、どの範囲で書くかは、案件ごとに考える余地があります。

事務所の書類には、締結と同時に現金で一括して受け取る示談書で、3通作成する書面のいずれにも住所などの個人情報を記載しない形に改めたものがあります。当初の案では住所を記載した1通を作る形でしたが、修正版で「いずれにも記載しない」に変え、1通は依頼者が指定する第三者が保管する条項を置きました。支払が締結と同時に終わり、後から相手方に請求書や通知を送る必要が小さい場面だからこそとれる設計です。分割払いが残る、違約金の請求があり得る、という場面では、相手方の住所と、住所が変わったときの通知の義務は欠かせません。

生年月日は、同姓同名の人と区別する必要がない限り、書く必要は通常ありません。先に挙げた無断売却の示談書でも、生年月日の記載を納品版で削っています。反対に、氏名の欄は、草案の段階では空欄にしておき、署名の際に本人が書き入れる形にすることがあります。事務所が改訂したSNS上の投稿をめぐる示談書では、修正版で相手方の氏名の欄を空欄にし、署名の際に書き入れる形にしています。

日付の書き方にも意味があります。事務所は、署名の日を手書きにしていただく前提で納品することがあります。署名の前に、日付の欄は署名する当日に手書きで記入することを確認事項としてお伝えし、作成日と実際の署名の日がずれないようにします。また、事実確認の条に婚姻の日や発覚の日を書く場合、発覚の日は、被害を受けた側が損害と加害者を知った時期を示す事実にもなります。民法724条1号により、不法行為に基づく賠償の請求権は、損害と加害者を被害者が知った時から3年間行使しないでいると時効で消えるため、発覚の日を書くかどうかは、その意味を理解したうえで決めます。

謝罪の条項と、謝罪文・対面での謝罪の約束

謝罪の条を置くかどうか、置くならどんな言葉にするかも、ヒヤリングで確かめる事項です。事務所が不貞相手に請求する示談書では、相手方が「甲の平穏な婚姻共同生活を営む権利を侵害したこと」を認めて謝罪する、という書き方をとりました。不貞の慰謝料が問題になる場面で、侵害された利益として一般に説明される言い回しを使い、事実確認の条とつなげる書き方です。

謝罪の文言は、短く書くこともできます。「乙は、甲に対し、本件不貞行為について謝罪する。」の1文で足りる場合も多く、相手方が署名に応じやすい書き方を優先することもあります。反対に、謝罪をより具体的な行為として約束させたいという希望もあります。事務所の書類には、相手方が自筆の謝罪文を提出することと、対面で謝罪することを条項にした示談書があります。

条文例

第2条(謝罪)

1乙は、本件不貞行為により甲の平穏な婚姻共同生活を営む権利を侵害したことを認め、甲に対し、心から謝罪する。

2乙は、本示談書締結の日から○日以内に、自筆による謝罪文を、甲が指定する方法により甲に交付する。

謝罪文の提出を約束させるなら、期限と交付の方法を書きます。「誠意をもって謝罪する」だけでは、何をすれば約束を果たしたことになるのかが決まりません。対面での謝罪は、日時と場所、同席者を決める手順まで書かないと実行できず、かえって当事者が顔を合わせる機会を作ることにもなるため、接触禁止の条との関係を考えて置くかどうかを決めます。

謝罪の条は、示談書の中で最も感情が表れる条です。被害を受けた側にとっては、金額よりも謝罪の言葉のほうが重いこともあります。一方で、相手方にとっては、謝罪の書き方ひとつで署名するかどうかが変わります。事実確認と同じく、何のために謝罪の条を置くのか、書面に何を残したいのかを先に決め、そのうえで言葉を選びます。

被害を受けた側の心身の状態をどこまで書くかも、同じ考え方で決めます。精神的な苦痛を受けたことは「多大な精神的苦痛を与えたことを認める」といった一般的な表現で足り、通院の有無や症状の具体的な内容まで書く必要は通常ありません。事務所が扱った通知書でも、当初の原案では健康への影響を具体的に書いていたものを、修正版で一般的な表現に改めています。心身の状態の記載は、本人にとって最も知られたくない情報の一つです。書面が人目に触れたときのことを考え、書く範囲を必要な限度にとどめます。

事実確認・謝罪の条で起きがちなこと

事実確認の条は、示談書の最初に置かれるため、最初に書いてしまいがちな条です。けれども実際には、清算の範囲、接触禁止の例外、違約金の対象といった後ろの条との関係で決まる条です。後ろの条の設計を固めたら、事実確認の条をもう一度読み返し、定義と範囲がかみ合っているかを確かめておくと安心です。相手方の行為が今後も続いた場合の扱いは、違約金の設計のページもあわせてご覧ください。

よくあるご質問

示談書に不貞の詳しい内容を書く必要はありますか?

必要はありません。清算の範囲を決めるのに必要な限度で特定すれば足ります。事務所の示談書では、関係があった期間で「本件不貞行為」を定義し、日時や場所、関係の態様は書かない方法をとることがあります。詳しく書くほど、書面がプライバシー情報の塊になります。

相手が「既婚と知らなかった」と言っています。その一文を入れてもよいですか?

入れれば相手方は署名しやすくなりますが、被害を受けた側から見ると相手方の責任の根拠を薄める一文になります。事務所では、相手方の認識に一切触れない書き方や、「知り、又は過失によりこれを知らずに」と定義する書き方をとることがあります。

示談書に罪名を書いてもよいですか?

書く必要はなく、断定は避けるのが通常です。事務所の改訂例では、刑法の条番号を挙げていた当初の案を「刑法その他の法令に抵触しうる行為」と改めました。罪名の当てはめは捜査機関と裁判所が判断することで、示談書で断定しても当事者を拘束しません。

謝罪文の提出や対面での謝罪を、示談書で約束させられますか?

条項にすることはできます。事務所の書類にも、自筆の謝罪文の提出と対面での謝罪を定めた示談書があります。約束させるなら、期限と交付の方法を書きます。対面での謝罪は、接触禁止の条との関係を考えて置くかどうかを決めます。

支払う側が「法的責任は認めたくない」と言っている場合は?

償いとしての金銭の支払は法的責任の承認ではない、と明記する書き方があります。事務所が作成した示談書では、事実確認を「一定の共通理解を形成した」にとどめ、支払が法的責任の承認ではないことを書いています。

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