このページの要点
- 公訴は検察官が行い(刑事訴訟法247条)、起訴するかは検察官が判断する(同法248条)。示談書はこれを拘束しない。
- 被害届の取下げや宥恕は、支払の確認後に置くか、支払と署名を同時に行う形にする。包括的な放棄の条と食い違わせない。
- 事実に争いが残るなら、見解の相違を確認しつつ終局的に解決し、刑事責任の判断を拘束しないと書く。
- 未成年者が当事者なら法定代理人を当事者に加え、保護者の監督と連帯を置く。
結論:示談書で約束できるのは当事者の意思表示まで。刑事処分を左右する書き方はしない
物を無断で持ち出された、口論から手を出された、SNSに虚偽の投稿をされた、私物を勝手に使われてSNSに投稿された。こうした、刑事事件になりうるトラブルでも、当事者の間で示談書を交わして解決することがあります。そのとき必ず問題になるのが、被害届や告訴の扱いです。
まず押さえておきたいのは、示談書で約束できるのは、当事者がどういう意思を表示するか、何をし、何をしないかまでだ、ということです。公訴は検察官が行い(刑事訴訟法247条)、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる(同法248条)とされています。起訴するかどうかを判断するのは検察官で、当事者の示談書がその判断を拘束することはありません。事務所の示談書では、被害届や宥恕(相手方を許すこと)の条を置く場合でも、刑事処分は捜査機関・司法機関の判断に委ねられることを明記しています。
このページでは、被害届・告訴・宥恕の条の書き方、支払と刑事上の対応の順序、見解の違いを残したまま解決する書き方、未成年者が当事者になる場合、SNSやインターネット上の被害の示談、創作や内定の取消しをめぐる示談を、事務所の書類から整理します。相手方との交渉や代理は行政書士の業務ではないため、ここで扱うのは書面の条項の設計に限ります。事実の書き方の基本は事実確認・謝罪の条項のページで扱います。
被害届・告訴・宥恕の条の書き方
条文に入る前に、言葉を整理しておきます。告訴は、犯罪により害を被った者が(刑事訴訟法230条)、捜査機関に犯罪の事実を申告して、犯人の処罰を求める意思表示です。被害届は、被害にあった事実を捜査機関に申告するもので、処罰を求める意思表示までは含まないものとして扱われます。告訴は、公訴の提起があるまで取り消すことができますが(同法237条1項)、取り消した者は更に告訴をすることができません(同条2項)。示談書では、被害届と告訴のどちらについての約束なのかを区別して書きます。「被害届を取り下げる」とだけ書いて告訴に触れていなければ、告訴の扱いは決まっていないことになります。
刑事事件になりうるトラブルの示談書には、被害を受けた側の刑事上の対応についての条を置くことがよくあります。事務所の書類に見られる書き方は、大きく三つに分かれます。
刑事上の対応についての三つの書き方
| 型 | 書き方 | 使った場面 |
|---|---|---|
| 取下げ・宥恕型 | 被害届・告訴をしない。すでにしていれば取り下げる。捜査機関に解決済みであることを説明し、寛大な処分を求める意思表示に協力する。相手方を宥恕する。ただし刑事処分は司法機関の専権で、本条はこれを拘束しない | 工事現場での口論からの暴行の示談 |
| 支払確認後の撤回型 | 全額が期限どおりに支払われたことを確認した時点で被害届を撤回する。撤回は不起訴等を保証するものではなく、訴追は検察官の判断によることを理解する。不払いのときは刑事手続上の対応を考え直す権利を留保する | 他人の物の無断売却(被害届の提出済み)の示談 |
| 権利留保型 | 被害を受けた側は、告訴権や損害賠償の請求権を放棄しないことを、相手方が了承する。刑事手続における被害者の権利の行使を制限しないと書く | 成人と未成年者の不適切な関係をめぐる誓約書、財物の無断持出しの示談 |
取下げ・宥恕型の書き方を使った暴行の示談では、事情聴取や嘆願書の提出を求められた場合には解決済みであると説明することも約束させています。宥恕は、被害を受けた側が相手方を許すという気持ちの表明で、示談書と、現金の受領の際に作る受領証兼清算確認書の両方で確認されています。どの型でも共通するのは、「本条は刑事処分を拘束しない」という趣旨を書いておくことです。当事者がいくら約束しても、起訴するかどうかは検察官が決めます。そのことを書面に書いておかなければ、示談をしたのに処分された、と相手方が受け取り、示談書そのものの効力を争う原因になります。
第○条(刑事上の対応)
1甲は、乙が第○条に定める示談金の全額を支払ったことを確認したときは、本件に関する被害届を取り下げる手続をとる。
2甲は、本件について乙を宥恕する。
3甲及び乙は、本件に関する刑事処分が捜査機関及び司法機関の判断に委ねられるものであり、前二項の定めがその判断を拘束するものではないことを確認する。
1項の取下げを「支払を確認したとき」にかからせておくと、支払と刑事上の対応の順序が条文の上で決まります。
支払と刑事上の対応の順序
被害を受けた側にとって最も避けたいのは、先に被害届を取り下げたり告訴を取り消したりしたのに、示談金が支払われないという事態です。とくに告訴は、取り消した者は、更に告訴をすることができません(刑事訴訟法237条2項)。告訴を取り消した後で示談金の支払が止まっても、同じ事件について告訴し直すことはできないのです。
事務所が扱った無断売却の示談書では、全額が期限どおりに支払われたことを確認した時点で被害届を撤回すると定められ、不払いのときは刑事手続上の対応を考え直す権利が留保されています。暴行の示談では、現金の支払と署名押印を同時に行い、受領と引換えに示談書の原本と領収証を交付する形がとられ、支払と刑事上の対応の約束が同じ場で完了するようになっています。どちらも、刑事上の対応を支払の後に置く設計です。
支払と刑事上の対応の順序を決めるときに確かめること
- 被害届を出しているか、告訴をしているか(告訴の取消しは、その後に再び告訴することができない)。
- 示談金は一括か分割か。分割なら、刑事上の対応をどの時点に置くか(全額の支払の後か、初回の支払の後か)。
- 支払と署名を同時に行うか。行うなら、受領証や受領証兼清算確認書をその場で交付できるか。
- 不払いのときに、被害を受けた側がどの対応をとれるかを留保しているか。
- 請求権の放棄や清算の条が別にある場合、その効力が生じる時点が、刑事上の対応や不払いの際の留保と食い違っていないか。
最後の項目は、見落とされやすい点です。刑事上の対応を支払の後に置いたのに、請求権の放棄や清算は書面の成立と同時に効力を生じる書き方になっていると、条文によって放棄の時期が違うことになり、どちらが優先するのかが争いになり得ます。示談金を分割で払う場合は、刑事上の対応を初回の支払の後に置くか、全額の支払の後に置くかも決めます。どの時点に置くにしても、その時点までに支払われなかった場合の扱いを書いておくことが大切です。放棄の効力は、支払の完了を条件に生じさせる形にそろえておきます(受領確認と清算条項のページを参照)。
見解の違いを残したまま解決する書き方
刑事事件になりうるトラブルでは、事実そのものに争いが残ることがよくあります。負傷したのか、どの程度の傷か、その原因は何か。持ち出したのは認めるが、他の紛失物は知らない。こうした場面で、すべての事実を確定させてから示談書を作ろうとすると、いつまでも合意できません。
事務所の書類では、口論からの暴行の示談書や、飲食店での携帯電話の操作をめぐるトラブルの示談書で、負傷の有無・程度・因果関係などについて「当事者間に見解の相違が存在することを確認しつつ、終局的に解決する」という書き方がとられています。暴行の示談書では、さらに「本条の確認は、刑事責任の成否や量刑の判断を拘束しない」と明記されています。民事の解決のために事実の争いを棚上げしても、その棚上げが刑事の判断に影響するものではない、ということをはっきりさせる一文です。
携帯電話の操作をめぐるトラブルの示談書では、見解の違いを確認したうえでの解決金、受領書の交付、相互の接触禁止とインターネット上で相手を晒す行為の禁止、反社会的勢力の排除の条、損害賠償額の予定としない違約金、被告の住所地の専属的合意管轄を定めています。財物の無断持出しの示談書では、相手方が否認した他の紛失物について、発覚の時期を書いたうえで、新たな証拠などで関与が合理的に推認される場合には請求権を留保しています。認めた部分は清算し、否認した部分は留保する、という分け方です。
この財物の無断持出しの示談書では、示談金の支払について公正証書を作成することへの協力の条と、守秘義務の例外として親族や同居者への開示を認める条も置かれています。刑事事件になりうるトラブルでも、示談金を分割で受け取るなら、私文書の示談書のままでは強制執行ができないため、公正証書にする道を残しておくことが考えられます(離婚協議書・養育費と公正証書のページを参照)。同居する家族に事情を隠し通すことが難しい場面では、守秘義務の例外として家族への開示を認めておかないと、示談書を守ることそのものが難しくなります。
当事者どうしでまず話し合いたい、という意向を書面に入れる例もあります。特定の日の出来事と記録データをめぐる私的なトラブルの示談書では、当初の案の「直ちに第三者機関への相談等をせず、まず協議する」という条を、最終版で「まず協議し、やむを得ず第三者機関への対応が必要な場合も、可能な限り協議を経ることが望ましい」に改めました。警察などへの相談を当事者の合意で禁じるような書き方は避け、協議を優先する努力の約束にとどめた書き方です。
第○条(見解の相違の確認と解決)
1甲及び乙は、本件における甲の負傷の有無、程度及び本件との因果関係について、当事者間に見解の相違が存在することを確認する。
2甲及び乙は、前項の見解の相違にかかわらず、本示談書の定めにより本件を終局的に解決する。
3前二項の確認は、本件に関する刑事責任の成否及び量刑の判断を拘束するものではない。
見解の違いを確認する条は、どちらの言い分が正しいかを書面で決めないための条です。解決金を「損害賠償」ではなく「解決金」と呼ぶと、この条と名目がかみ合います。
未成年者が当事者のとき
成年は18歳で(民法4条)、それに満たない人が法律行為をするには法定代理人の同意が要り、同意を欠いた行為は後から取り消される可能性があります(民法5条1項・2項)。未成年者が示談書や誓約書に署名する場合は、親権者などの法定代理人を当事者に加えるか、法定代理人の同意を書面に残す必要があります。
成人と未成年者の不適切な関係をめぐる誓約書では、未成年者の親権者が、誓約書の相手方(受け取る側)になっています。最終版では、警察の指導があった日付が書かれ、受け取る側からの要請への応答や、義務を果たすための連絡が、接触禁止の例外に加えられました。受け取る側が告訴権や損害賠償の請求権を放棄しないことを、差し入れる側が了承する権利留保型で、誓約書の作成に要した費用や弁護士費用の負担も定められています。
未成年者どうしの私物の無断使用とSNSへの投稿の被害をめぐる案件では、損害賠償の請求書が加害した側の一人ごとに分けて作られ、事実、根拠の条文、請求額、期限、振込先、遅延損害金、支払後の清算が書かれています。修正版では、一人ごとに請求額が書き分けられました。誓約書は、加害した未成年者と保護者の連名で、保護者の監督の義務と連帯が置かれ、違反したときの措置として関係機関への通報なども定められています。
未成年者が加害側のときの書面の組み方
- 甲乙損害賠償の請求書(加害した一人ごとに分ける)
- 乙甲接触禁止・投稿の禁止・削除の誓約
- 丙甲乙の監督の約束と、支払・違反についての連帯
未成年者には、その行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは賠償の責任を負わないという規定もあります(民法712条)。保護者を当事者に加え、保護者自身の約束として書いておくことが大切です。
未成年者が当事者の誓約書では、接触禁止の範囲も具体的にします。未成年者どうしの誓約書では、声をかけること、視線を向けること、背後に立つこと、被害を受けた側のアカウントを閲覧することやストーリーを視聴することまで禁止されています。生活の場が重なり続ける以上、何が「接触」に当たるかを、当事者の未成年者自身が分かる言葉で書いておく必要があるためです(接触禁止の条項のページを参照)。
SNS・インターネット上の被害の示談
SNSでの虚偽の投稿や、アカウントの無断使用による被害の示談では、金銭の支払に加えて、投稿の削除、再発の防止、違約金を一体で組みます。事務所が改訂したSNS上の虚偽・誇張の投稿による営業妨害をめぐる示談書では、初回にまとまった額を払い、残りを月々の分割で払う形とし、期限の利益の喪失、遅延損害金、再発の禁止の誓約、違約金、秘密保持、依頼者の住所地の裁判所を専属的合意管轄とする条を置きました。修正版では、相手方の氏名の欄を空欄にし、投稿された媒体の名前を実態に合わせて直しています。
法人の商用SNSアカウントを個人が無断で使い、フォロワーに営業のメッセージを送っていた事案の和解では、和解金の一括払い(着金をもって支払の完了とする)、遅延損害金、法人の名称・標章・アカウントの無断使用の禁止、情報を知った日から5年間の秘密保持、支払の完了を条件とする清算を定めています。アカウントのように、無断で使われ続けるおそれのあるものについては、使用の禁止の対象を、名称、標章、アカウントと具体的に挙げます。
SNS上の被害の示談書に入れること
- 問題の投稿・アカウント・メッセージの特定(媒体の名前と内容を実態に合わせて書く)。
- 既存の投稿の削除の期限と、削除の報告の方法。
- 今後の誹謗中傷・虚偽の情報の流布・無断使用をしないという再発の禁止。
- 違約金(投稿1件ごとなど、1回の数え方を決める)と、予定か否か。
- 秘密保持(示談の内容を口外しない)と、その期間。
- 清算の効力を、支払の完了を条件に生じさせるかどうか。
創作・内定の取消しなど、その他の個人間の紛争
クリエイターの間の紛争を終わらせる合意書では、問題となった著作物が別紙で特定されています。制作の期間や、視覚的な特徴を列挙して、どの作品のことかが第三者にも分かるようにする書き方です。そのうえで、類似する創作物の制作・公開の禁止、締結前から持っている類似の創作物を新たに利用することの禁止、AIの学習の素材として利用することの禁止が定められ、連絡は原則として行わないこととされています。違反のおそれがある場合の通知の手順も、電子的な手段で通知し、7日以内に回答がなければ内容証明郵便で通知し、そのうえで協議や法的措置に進む、という段階で書いています。
採用の内定の取消しをめぐる解決金の示談書では、地位の確認の請求権を含む請求権の放棄、SNSや匿名での言及を含む秘密保持、誹謗中傷の禁止、接触の遮断を定め、電子契約で締結する場合に支払の期日が電子署名の完了より先に来ないよう、「双方の電子署名の完了後、速やかに支払う」という一文が加えられています。示談の対象が何であっても、何を放棄し、何を口外せず、いつ支払うのかを書くという組み立ては共通です。
刑事事件・SNS・いじめの示談書で起きがちなこと
刑事事件になりうるトラブルの示談書は、民事の解決と刑事の手続とが交わる場所にある書面です。事務所は、示談書で約束できることを当事者の意思表示と行為に限り、刑事処分は捜査機関・司法機関の判断に委ねられることを明記したうえで、支払と刑事上の対応の順序を条文で決めています。相手方との交渉や代理は行政書士の業務ではなく、事務所の関与は書面の作成の範囲にとどまります。通知書の作り方は内容証明・通知書のページで扱います。
よくあるご質問
示談書に「被害届を取り下げる」と書けますか?取り下げれば不起訴になりますか?
被害を受けた側が被害届を取り下げる、宥恕するという意思表示は書けます。けれども、公訴は検察官が行い(刑事訴訟法247条)、起訴するかどうかは検察官が判断します(同法248条)。事務所の示談書では、刑事処分は捜査機関・司法機関の判断に委ねられ、示談書の定めがそれを拘束しないことを明記しています。
支払と被害届の取下げは、どちらを先にすべきですか?
被害を受けた側から見れば、支払の後に置くのが基本です。事務所の書類では、全額の支払を確認した時点で被害届を撤回する、又は支払と署名を同時に行う形をとっています。告訴を取り消した者は更に告訴をすることができない(刑事訴訟法237条2項)点にも注意が要ります。
加害者が未成年の場合、誰と示談書を交わせばよいですか?
未成年者が単独でした法律行為は、法定代理人の同意がなければ取り消される可能性があります(民法5条)。事務所の書類では、加害した未成年者と保護者の連名の誓約書とし、保護者の監督の義務と連帯を定めた例があります。
SNSに書き込まれた被害の示談で、削除と再発防止はどう約束させればよいですか?
問題の投稿を特定し、削除の期限と報告の方法、今後の誹謗中傷や虚偽の情報の流布をしない約束、投稿1件ごとなど数え方を決めた違約金、秘密保持を一体で定めます。支払の完了を条件に清算の効力を生じさせる書き方もあります。
事実に争いが残っていても、示談書は作れますか?
作れます。事務所の書類には、負傷の有無や程度などについて当事者間に見解の相違があることを確認しつつ終局的に解決するとし、その確認は刑事責任の成否や量刑の判断を拘束しないと明記した示談書があります。否認された部分の請求権を留保する書き方もあります。
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本ページは一般的な情報提供です。個別の書面への当てはめは、当事者の関係や事実の経過によって結論が変わることがあります。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が作成・改訂・レビューしてきた不貞の示談書(二者間・三者間)、夫婦間の誓約書・合意書、相手方の差入れ誓約書、交際・婚約・内縁の解消の示談書と合意書、離婚協議書と公正証書の原案、認知と養育費の合意、刑事事件になりうるトラブル・SNS上の被害の示談書、内容証明・通知書、事実関係整理メモ、ヒヤリングシート等に基づき、当事者が特定できないよう一般化しています。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月17日)。参考: e-Gov法令検索