このページの要点
- 締結前に支払が済んでいれば受領確認の書き方にし、違約金に備えて遅延損害金と住所変更の通知の条は残す。
- 現金の手渡しは署名との同時履行を条文で決め、領収証・原本の交付と代理受領の委任状を用意する。
- 清算は「本件に関し」に限り、示談書に基づく権利、締結後の行為、配偶者との権利を除外として列挙する。
- 分割払いなら支払の完了を条件に清算の効力を生じさせ、請求権を留保するなら時効の進行に注意する。
結論:「支払う」が合わない場面を書き分け、清算で「何が終わり、何が残るか」を決める
示談書の支払の条は、「乙は、甲に対し、○年○月○日限り、金○円を支払う」という形が基本です。けれども個人間の示談では、書面を交わす前にすでに解決金が支払われている、会って現金で手渡す、電子契約で締結する、配偶者と不貞の相手方の二人から別々に受け取る、といった場面がよくあり、基本の形がそのままでは合いません。
そして、支払の条と対になるのが清算の条です。「本件に関し、本示談書に定めるもののほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する」という一文は、ほとんどの示談書に入っています。けれども、この一文の範囲を誤ると、終わらせるつもりのなかった権利まで消えます。反対に、清算をせずに請求権を「留保」しておきたい場面もあります。
このページでは、分割払いの日程や期限の利益の喪失といった支払条項の一般的な組み立てではなく、受領を確認する書き方、現金の手渡しと同時履行、電子契約や別紙を使うときの書き方、清算の範囲の決め方、支払の完了を条件に清算の効力を生じさせる書き方、請求権を留保する書き方に絞って整理します。清算の物差しになる「本件」の定義は事実確認の条項、配偶者との関係は求償権の放棄のページとあわせてお読みください。
締結前に支払が済んでいるとき:受領を確認する書き方
話合いの途中で相手方が先に解決金を振り込んだ、書面の文言を詰めている間に支払が終わった、という場面では、示談書に「乙は甲に支払う」と書くと、すでに済んだ支払をもう一度約束させる書き方になってしまいます。事務所が扱った二者間の示談書でも、締結の前に全額の支払が済んだため、支払の条を受領の確認に書き換えました。
第3条(解決金の受領)
1乙は、甲に対し、本件不貞行為に関する解決金として金○円の支払義務があることを認める。
2甲は、○年○月○日、乙から前項の解決金の全額の支払を受けたことを確認する。
受領の確認は、受け取った甲の言葉として書きます。乙の側から見ると、この条が支払済みであることの証拠になります。支払義務を認める1項を残しておくと、支払が解決金として行われたこと、つまり何のための支払だったのかが書面に残ります。
支払が済んでいても、遅延損害金の条まで削るとは限りません。事務所の示談書では、解決金については受領を確認する一方、違約金の支払が遅れた場合に備えて、遅延損害金の条を残しました。違約金は、接触禁止などに違反したときに初めて支払義務が生じるもので、締結の時点では支払が済んでいないためです。同じ理由から、住所が変わったときに通知する義務も、違約金の請求に必要な期間として「締結日から3年間」に区切って残しています。
解決金のほかに、すでに支払われた費用がある場合も、受領の確認で書面に残します。事務所の書類には、慰謝料の支払の条とあわせて、相手方がすでに負担した費用について受領を確認する条を置いた合意書があります。何がいつ支払われ、何がこれから支払われるのかを書面の上で分けておくと、後で「あのお金は慰謝料の一部だった」「いや別のものだ」という争いを防げます。
現金で手渡すとき:同時履行と、効力が生じる時点
相手方と会って、署名と現金の受渡しを同じ場で済ませたいというご希望もあります。この場合に困るのは、どちらが先かです。先に署名すれば現金を受け取れないおそれがあり、先に現金を渡せば署名してもらえないおそれがあります。民法には、双務契約の当事者は、相手方が債務の履行を提供するまで自分の債務の履行を拒めるという同時履行の考え方があります(民法533条)。事務所の書類では、この考え方を、署名と支払の場面に当てはめて条文にしています。
交際をめぐる示談書の一つでは、面会のうえで現金による一括の支払と署名を同時に行うこと、いずれかが行われなければ他方はこれを拒めること、示談書の効力は支払と署名がいずれも完了した時点から生じること、を定めました。暴行をめぐる示談契約書では、現金の支払と署名押印を同時に行い、受領と引換えに示談書の原本1通と領収証を交付する形をとっています。
現金で手渡す示談で、その場で確かめること
- 金額をその場で数え、受け取った側が領収証を交付する。領収証には、何の支払か(本件に関する解決金であること)を書く。
- 署名と現金の受渡しが同時であることを、示談書の条文で決めておく。
- 受領と引換えに、示談書の原本を相手方に渡す。通数は当事者の人数に合わせる。
- 親族などが代わりに受け取る場合は、本人の委任状を用意し、代理で受け取る人の署名欄を設ける。
- 受領・清算・宥恕を1枚であらためて確かめる書面を作るかどうかを決めておく。
暴行をめぐる案件では、示談契約書の署名と同じ場で、受領と清算に加えて宥恕(相手方を許すこと)までをもう一度確かめる1枚の書面も作っています。刑事事件になりうるトラブルでは、現金を受け取ったその場で、許すという気持ちの表明まで済んだことを本人の署名で残しておくことに意味があります。示談書の本体に署名する人と、現金を受け取る人が違う場面では、誰が受け取ったのかを書面に残しておかないと、後で受領の有無が争いになるおそれがあります。宥恕の条の書き方は刑事事件・SNSのトラブルの示談書のページで扱います。
電子契約・別紙・二人からの支払
電子契約で示談書を締結するときは、支払の期日と、電子署名が完了する時点との前後に注意が要ります。内定の取消しをめぐる解決金の示談書では、当初の案のままだと、支払の期日が電子署名の完了より先に来てしまうおそれがありました。修正版では「双方の電子署名の完了後、速やかに支払う」という一文を加え、署名が終わる前に支払の期日が来ることのないようにしています。
金額と支払の条件を、本文ではなく別紙に書く方法もあります。事務所が作成した私的なトラブルの示談書では、償いの金額と支払条件を本文に書かず、甲と乙が署名する別紙に分け、別紙が本書の一部であることを本文に定めました。本文と金額を切り離して扱える形です。別紙に分けるときは、別紙にも当事者が署名し、本文のどの条が別紙を指しているのかを明記します。
配偶者と不貞の相手方の二人から、それぞれ慰謝料を受け取る三者間の示談書では、二人の支払義務の関係を書く必要があります。民法は、数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯して賠償する責任を負うと定めています(民法719条1項)。示談で二人から別々の額を受け取ると決めたのなら、その決め方をはっきりさせておかないと、一方が払わなかった分をもう一方に請求できるのかが争いになります。事務所の三者間の示談書では、二人の支払義務を「それぞれ独立した債務とし、連帯債務ではない」と明記し、支払が遅れた場合の遅延損害金は「支払を怠った者本人」が負うとしました。
清算条項の範囲:「本件に関し」に限り、及ばないものを列挙する
清算の条は、短く書けば書くほど範囲が広く読まれがちです。「甲と乙の間には、本示談書に定めるもののほか、何らの債権債務がない」とだけ書くと、本件と関係のない二人の間の貸し借りまで消えたと読まれるおそれがあります。事務所の不貞の示談書では、清算の対象を「本件不貞行為に関し」に限ったうえで、清算が及ばないものを号に分けて列挙しています。
第○条(清算)
1甲及び乙は、本件不貞行為に関し、本示談書に定めるもののほか、互いに何らの債権債務がないことを確認する。
2前項の規定は、次に掲げる権利義務には及ばない。
(1)本示談書に基づく権利義務(違約金及び損害賠償に係るものを含む。)
(2)○年○月○日の翌日以後の乙の行為に基づく権利義務
(3)甲と丙との間の権利義務
3本示談は、甲が丙の甲に対する債務を免除する意思を含むものではない。
(2)の日付は、事実確認の条で「本件不貞行為」の終わりの日とした日と一致させます。3項は、相手方との示談が、配偶者に対する甲の権利にまで影響すると読まれないための一文です。
依頼者には、この清算の範囲について、「清算で解決となるのは特定の日までの不貞行為だけです。接触禁止に違反したときの違約金や、特定の日より後の新たな交際についての慰謝料は、示談が成立した後も請求できます」とご説明しました。あわせて、違約金を請求するには違反の事実を示す資料が必要になるため、資料を保存しておくようお伝えしています。違約金の設計は違約金の設計のページで扱います。
3項の「免除する意思を含むものではない」という一文にも理由があります。不貞をした配偶者と相手方は、甲に対して連帯して賠償する責任を負うと考えられています(民法719条1項)。民法は、連帯して債務を負う者の一人について生じた事由は、弁済など一部の場合を除いて他の者には効力を生じないとしつつ、債権者と他の連帯債務者が別段の意思を表示したときはその意思に従うとしています(民法441条)。相手方との示談が、配偶者の債務まで免除する趣旨だったと後から読まれないよう、免除の意思を含まないことを書面の上で明らかにしておきます。事務所は、三者版を作る際に判例も調べたうえで、相手方と配偶者の間の求償の放棄と、甲と配偶者の間の権利の留保を明記する形にしています。
清算を広げる書き方・狭める書き方と、後から分かった事実
清算の範囲は、狭めるだけでなく、目的に応じて広げることもあります。事務所の書類に見られる書き方を、広げる方向と狭める方向に分けると、次のようになります。
清算の範囲を調整する書き方
| 方向 | 書き方の例 | 使った場面 | 確かめること |
|---|---|---|---|
| 狭める | 「本件不貞行為に関し」に限り、締結後の行為、示談書に基づく権利、配偶者との権利を除く | 不貞の相手方との二者間・三者間の示談 | 事実確認の定義と日付が一致しているか |
| 関連する事項まで広げる | 清算の対象に「内縁関係及びその解消並びに建物に関する事項」を含める | 内縁の解消と、二人で借りていた部屋の精算をまとめて終わらせる示談 | 広げた事項について、示談書の中に取り決めがそろっているか |
| 将来の損害まで広げる | 後遺障害、症状の悪化、将来の損害を含めて清算し、相手方の使用者や親族にも請求しないとし、効力は相続人にも及ぶとする | 暴行をめぐる示談 | 被害を受けた側が、将来の損害を請求できなくなる意味を理解しているか |
| 知らない事実まで広げる | 締結の時に当事者が知らない事実に基づく債権にも清算の効力が及ぶとする | 配偶者の不貞相手からの慰謝料の合意書 | 被害を受けた側から見ると、後から分かった事実についての請求も消える |
表の最後の書き方は、相手方にとっては「後から何か出てきても、もう請求されない」という安心につながる一方、被害を受けた側から見ると、締結後に新たな事実が分かっても請求できなくなる書き方です。和解では、後から反対の確証が出てきても、和解で決めた権利関係が維持されるのが原則です(民法696条)。そこにさらに「知らない事実にも及ぶ」と書けば、その範囲はより明確に広がります。この一文を置くかどうかは、置いた場合に何ができなくなるのかを依頼者が理解しているかを確かめたうえで決める、設計上の確認点です。
もう一つ注意したいのが、一部の請求を留保しながら、別の条で包括的な清算を置く書き方です。たとえば、相手方が否認した部分について、新たな証拠などで関与が合理的に推認される場合には請求権を留保すると書く一方で、別の条に相互の包括的な清算を置くと、留保した請求が包括的な清算によって消えたのかどうかが争いになり得ます。留保する請求は、清算の条の中で「次に掲げる権利義務には及ばない」として明記し、どちらが優先するのかを書いておきます。
支払が終わるまで、清算の効力を生じさせない
分割払いや後日の支払が残る示談では、清算の効力をいつ生じさせるかも決めておきます。締結と同時に清算の効力が生じる書き方では、支払が滞ったとき、清算した後の権利関係を前提に、示談書で決めた金額を請求することになります。これに対し、事務所の書類には、支払の完了を条件に清算などの効力を生じさせる書き方がいくつも見られます。
- 私的なトラブルの示談書:宥恕と清算の効力を、「支払の完了が客観的に確認された時点」に生じさせる。
- 法人の商用SNSアカウントの無断使用をめぐる和解の合意書:支払金の全額が支払われた時点で清算の効力を生じさせる。
- 財物の無断持出しをめぐる示談書:請求権の放棄は、全額の支払を甲が確認した場合に限り効力を生じ、不払いのときは放棄に拘束されないとする。
このように、ある事実が起きた時に初めて効力が生じる約束を、停止条件付きの法律行為といいます。民法は、停止条件付法律行為は停止条件が成就した時からその効力を生ずると定めています(民法127条1項)。支払の完了を停止条件にしておけば、支払が終わるまでは清算や請求権の放棄の効力が生じず、不払いの場合に、清算に拘束されずに対応を考える余地を残せます。
第○条(清算の効力の発生)
1前条の清算は、乙が第○条の解決金の全額を支払ったことを甲が確認した時に、その効力を生ずる。
2乙が第○条に定める支払を怠ったときは、甲は、前条の清算に拘束されない。
「確認した時」とするなら、甲が何によって確認するのか(着金の確認など)もあわせて書いておくと、効力が生じた時点が争いになりません。
支払の完了の時点を、何で決めるのかも書いておきます。法人の商用SNSアカウントの無断使用をめぐる和解の合意書では、和解金の一括払いについて、着金をもって支払の完了とする形にしています。振込の手続をした時点なのか、受け取る側の口座に入金された時点なのかで、支払が期限に間に合ったかどうかの判断が分かれることがあります。清算や請求権の放棄の効力を支払の完了にかからせるなら、完了の時点を着金で決めておくと、効力が生じた日が一つに定まります。
清算せずに、請求権を「留保」する書き方
すぐに金銭を受け取って終わらせるのではなく、慰謝料の請求権をいったん行使せずにおき、相手方が約束を守っている限りは請求しない、という形を選ぶこともあります。事務所の書類には、慰謝料の請求権の行使を留保し、接触禁止などに違反した場合には直ちに行使する、とした示談書があります。修正版では、留保する金額を明記しました。いくらの請求権を留保しているのかが書かれていなければ、違反があったときに改めて金額から争うことになるためです。
夫婦間の誓約書や、相手方に差し入れさせる誓約書でも、慰謝料の請求権を留保する旨を明記した例があります。婚姻を続けるかどうかの判断を留保した夫婦間の誓約書では、請求権の留保は「許した」「婚姻の継続を確約した」ことを意味しない、と書いています。請求しないでいることが、許したことや権利を手放したことと受け取られないようにするための一文です。
留保する書き方で気をつけたいのは、二つです。一つは、清算の条との関係です。留保を定めた示談書に「本件に関し一切解決した」という清算の条も並べると、留保した請求権まで清算されたと読まれるおそれがあります。ある示談書では、修正版で清算の条に「本示談書に定める条項に従う限りにおいて」という限定を加え、二つの条を調整しました。もう一つは、時効です。留保しても時効は進みます。損害と加害者を被害者が知った時から3年間その権利を行使しないでいると、不法行為に基づく賠償の請求権は時効で消えます(民法724条1号)。民法146条は時効の利益を前もって放棄することを認めていないため、「時効を主張しない」と書いても、その一文で時効の完成を止めることはできません。留保の期間が長くなるなら、相手方に権利を承認してもらう(権利の承認があれば、時効はそこから改めて数え直しになります。民法152条1項)など、時効の扱いまで考えておく必要があります。
受領・清算・留保で起きがちなこと
受領・清算・留保の条は、お金の流れと権利の終わらせ方を決める条で、示談書の中で最も読み間違いが起きやすい部分です。支払がいつ、誰から誰へ、何の名目で行われたか(行われるか)を時系列で並べ、それぞれの時点で清算や放棄の効力が生じているかを一つずつ確かめてから条文にすると、読み間違いの余地を小さくできます。刑事事件になりうるトラブルで、被害届の扱いと支払の順序をどう組むかは、刑事事件・SNSのトラブルの示談書のページで扱います。
よくあるご質問
示談書を交わす前にお金を払ってもらいました。書面はどう書けばよいですか?
「支払う」ではなく、受領を確認する書き方にします。乙が解決金の支払義務を認める項と、甲が特定の日に全額の支払を受けたことを確認する項を置く形です。違約金の支払が遅れた場合に備えて、遅延損害金の条は残すことがあります。
現金で手渡すときの注意点は何ですか?
署名と支払を同時に行うことを条文で決め、受領と引換えに示談書の原本と領収証を交付します。親族が代わりに受け取るなら委任状を用意し、代わりに受け取る人の署名欄を設けます。受領と清算をあらためて確認する受領証兼清算確認書を作ることもあります。
清算条項を入れると、後から分かった事実でも請求できなくなりますか?
書き方によります。清算を「本件不貞行為に関し」に限り、特定の日の翌日以後の行為などを除外していれば、新たな行為については請求できます。反対に、締結の時に知らない事実にも清算の効力が及ぶと書けば、後から分かった事実についての請求も消えます。
慰謝料の請求権を「留保する」という書き方は有効ですか?
請求権の行使をいったん見送り、違反があれば行使するという約束は書けます。ただし、留保しても時効は進みます。不法行為に基づく賠償の請求権は、損害と加害者を知った時から3年間行使しなければ時効にかかり(民法724条1号)、時効の利益を前もって放棄することもできません(民法146条)。
分割払いの示談で、清算の効力はいつ生じさせるべきですか?
支払の完了を条件に清算の効力を生じさせる書き方があります(停止条件。民法127条1項)。事務所の書類には、全額の支払を確認した時点で清算や請求権の放棄の効力が生じ、不払いのときは清算に拘束されないとした例があります。
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