このページの要点
- 離婚に応じる約束は、違反時に誠実に協議に応じる意向の表明にとどめる。離婚届の預かりは効力の面で確実ではない。
- 親権や子との交流は、現時点の合意と、離婚の時の協議・家庭裁判所の手続(共同親権の選択を含む)の優先をセットで書く。
- 財産分与の放棄には著しく衡平を欠く場合の留保を、年金分割の合意には一方の請求でできる分割を除く旨を付ける。
- 時効の利益はあらかじめ放棄できない(民法146条)。当事者でない人には義務を課せず、過大な約束は違約金に置き換える。
結論:身分・子・将来の権利に関わる約束は「意向」と「留保」で書く
誓約書や合意書は、当事者が合意すれば、たいていのことを約束として書けます。けれども、書いても効力が認められにくい約束があります。離婚するかどうか、子の親権者を誰にするか、将来の財産分与や年金分割を請求するかどうか、時効を主張するかどうか、といった約束です。これらは、本人のその時の意思や子の利益、法律が定める手続によって決まるもので、事前の約束で縛ることには限界があります。
依頼者からは、「浮気したら離婚に応じる」「親権は自分が取ることに異議を述べない」「財産は全部渡す」と書いてほしい、というご希望をよくいただきます。気持ちは分かりますが、効力が認められにくい約束を「確定した約束」として書くと、トラブルの日に書面全体の信用が揺らぎます。事務所は、こうした事項を、当事者の「意向の表明」として書き、法律の手続や子の利益が優先することを留保として明記する方法をとっています。
このページでは、離婚に応じる約束と離婚届の預かり、親権・子との交流・養育費の事前の決定、財産分与・年金分割の事前の放棄、時効や取消しの事前の放棄、管轄の合意、当事者でない人への義務付けと過大な約束を、事務所の誓約書・合意書から整理します。婚姻を続ける夫婦の誓約書の組み立ては夫婦間の誓約書、離婚の条件を公正証書にする方法は離婚協議書・養育費と公正証書のページで扱います。
ご希望の多い約束と、事務所の書き方
| ご希望の多い約束 | 効力の考え方 | 事務所の書き方 |
|---|---|---|
| 違反したら離婚に応じる | 離婚するかどうかは、その時の本人の意思による。事前の約束で離婚を強制することはできない | 違反があり配偶者が離婚を求めたときは、誠実に協議に応じるという意向の表明にとどめる |
| 親権は自分が取る | 親権者は離婚の時の協議又は家庭裁判所の判断で、子の利益を優先して定められる | 意向を表明しつつ、離婚の時の協議・家庭裁判所の手続(共同親権の選択を含む)が優先すると明記する |
| 財産分与・年金分割を請求しない | 事前の放棄には議論がある。著しく不公平な結果になるおそれもある | 放棄に合意しつつ、著しく衡平を欠く特段の事情がある場合を留保する。一方の請求でできる分割には及ばないと書く |
| 時効を主張しない | 時効の利益は前もって放棄できない(民法146条) | 書かない。時効の管理は承認など別の方法で考える |
| 全財産を渡す | 公序良俗・暴利の観点から無効とされるおそれが大きい | 違約金に一本化し、支払の方法を具体的に決める |
離婚に応じる約束と、離婚届の事前の預かり
夫婦は、その協議で離婚をすることができます(民法763条)。協議による離婚は、届出によって効力を生じ、届出の時に夫婦の双方に離婚の意思があることが必要と考えられています。そのため、「違反したら直ちに離婚する」「無条件で離婚に応じる」と誓約書に書いても、違反した時点で本人が離婚を望んでいなければ、その約束によって離婚を実現することはできません。
事務所が作成したギャンブルの再発防止の夫婦間誓約書では、依頼者に「即座の離婚は事前に合意しても効力がない」ことをご説明し、違反があって配偶者が離婚を求めた場合には、誠実に協議に応じるという「意向の表明」にとどめました。約束の中身を、本人が実際に守れること(協議に応じること)に置き換える書き方です。
見比べ 離婚の約束の書き方
離婚の約束
乙が本誓約に違反したときは、乙は無条件で甲との離婚に応じる。
乙が本誓約に違反し、甲が離婚を求めたときは、乙は、離婚について誠実に協議に応じる意向であることを表明する。
理由離婚には届出の時の双方の意思が必要と考えられており、事前の約束で離婚を強制することはできない。守れる約束に置き換える。
手続への協力
乙は、協議離婚に必要な書類への署名押印に速やかに応じ、調停においても異議を述べない。
協議・調停の場で、乙が本誓約書の内容を踏まえて誠実に対応する意向を表明するにとどめる。
理由調停で異議を述べないという約束も、その時の本人の意思を縛れない。
離婚届をあらかじめ書いておき、違反があったら提出できるように預かっておく、という方法を考える方もいます。誓約書に、違反に備えて離婚届を差し入れ、提出された場合には撤回や無効を主張しない、と書く例も見られます。けれども、協議による離婚には届出の時の意思が必要と考えられていることから、署名の時と提出の時とで本人の意思が変わっていれば、その離婚の効力が争われる余地があります。「撤回しない」「無効を主張しない」と書いても、その一文で離婚の意思を補うことはできません。離婚届の預かりは、効力の面で確実な方法とは言えないことを踏まえて、書面に入れるかどうかを考えます。
親権・子との交流・養育費の事前の決定
父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その双方又は一方を親権者と定めます(民法819条1項)。2026年4月1日に施行された改正で、離婚の後も父母の双方を親権者とする(共同親権)ことが選べるようになりました。また、離婚の際に定める子の監護に関する事項(監護をすべき者、父又は母と子との交流、子の監護に要する費用の分担など)は、子の利益を最も優先して考慮しなければならず(民法766条1項)、協議が調わないときは家庭裁判所が定めます(同条2項)。
こうした事項を、婚姻中の誓約書で「確定」させることはできません。事務所の書類では、次のように書き分けています。
- ギャンブルの再発防止の誓約書:親権については「異議を述べない意向」を表明したうえで、親権者は離婚の時の協議や家庭裁判所の判断によって、子の利益を優先して定められること、意向の表明は法的に親権者を確定させるものではないことを確認する。
- 趣味や副業の活動を続ける配偶者の誓約書:親権について「現時点で合意する」としつつ、離婚の時の協議や家庭裁判所の手続(共同親権の選択を含む)が優先すると明記する。誓約書を作った時期が、共同親権の制度の施行と重なっていたため、この点を明記した。
- 同じ誓約書の子との交流:「実施しないことに現時点で合意する」としつつ、子の福祉を理由に、協議や家庭裁判所の手続で異なる定めがされることを妨げないと書く。
第○条(親権についての意向)
1甲及び乙は、将来甲乙が離婚する場合において、子の親権者を甲とすることについて、現時点における双方の意向が一致していることを確認する。
2前項の確認は、離婚の時における父母の協議又は家庭裁判所の手続において、子の利益を最も優先して考慮し、父母の双方又は一方を親権者と定めることを妨げるものではない。
1項で現時点の意向を残し、2項で将来の手続が優先することを書きます。2項がないと、1項が親権者を確定させる約束であるかのように読まれます。
ポイントは、「現時点での合意」と「将来の手続の優先」をセットで書くことです。現時点での当事者の考えを書面に残すこと自体には、話合いの出発点としての意味があります。けれども、それが子の利益に優先するかのような書き方をすると、書面全体が子の利益を無視したものと受け取られかねません。「単独親権を取得することに異議を唱えない」とだけ書いた誓約書も見かけますが、このような書き方は、将来の手続で考慮されるにとどまり、親権者を決める効力はありません。
養育費も同じです。婚姻中の誓約書で、将来離婚した場合の養育費の額や終期を合意しておくことはできますが、子の監護に要する費用の分担は、子の利益や事情の変化によって家庭裁判所が変更することもあります(民法766条3項)。婚姻中に決めた離婚の条件を公正証書にする方法と、その場合に必要になる手続は、離婚協議書・養育費と公正証書のページで扱います。
財産分与・年金分割の事前の放棄
離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができます(民法768条1項)。協議が調わないときは家庭裁判所に処分を請求できますが、離婚の時から5年を経過したときは請求できません(同条2項ただし書。2026年4月1日施行の改正で2年から5年に延びました。施行日より前に離婚した場合は、改正前の2年の期間によります。民法等の一部を改正する法律〈令和6年法律第33号〉附則4条)。婚姻中の誓約書で、この財産分与を事前に放棄させたいというご希望もあります。
事務所が作成した趣味や副業の活動を続ける配偶者の誓約書では、財産分与を「相互に請求しない」としつつ、「著しく衡平を欠く特段の事情があるときはこの限りでない」という留保を付けました。事前の放棄の効力には議論があり、その後の事情の変化によって著しく不公平な結果になる場合もあることから、留保を置く形にしています。
年金分割についても、同じ誓約書で、合意による分割(合意分割)を求めないことに合意しつつ、一方の請求だけでできる分割(いわゆる3号分割)にはこの合意が及ばないことを明記しました。事前の放棄の有効性には議論があることを当事者が理解したうえで合意したこと、離婚の時に改めて実効性を確かめることも書いています。
第○条(財産分与)
1甲及び乙は、将来甲乙が離婚した場合には、相互に財産の分与を請求しないことに合意する。ただし、離婚の時において、この合意によることが著しく衡平を欠く特段の事情があるときは、この限りでない。
留保の一文を置かずに「一切の財産上の請求権を放棄する」と広く書くと、離婚の時の事情によっては、合意の効力そのものが争われるおそれが大きくなります。誓約書の中には、「一切の財産上の請求権」を放棄させるものや、共有財産と将来の資産の全部の譲渡を約束させるものも見かけますが、範囲が広いほど、効力の面での不安も大きくなります。
時効・取消しの事前の放棄と、管轄の合意
誓約書に「時効の援用その他一切の抗弁を主張しない」と書かれていることがあります。けれども、時効の利益を前もって放棄することは、民法146条が認めていません。誓約書を差し入れる時点で「時効を主張しない」と約束しても、その約束で時効の完成を止めることはできません。時効が気になるなら、請求権を留保している間に権利の承認を得る(民法152条1項)など、別の方法で管理します(清算条項と請求権の留保のページを参照)。
同じように、「錯誤、詐欺又は強迫を理由とする無効・取消しを主張しない」という合意を置いた示談書もあります。錯誤(民法95条)や詐欺・強迫(民法96条)による意思表示の取消しは、意思表示の過程に問題があった人を守るための制度です。署名の時に「取り消さない」と約束させても、その約束自体が詐欺や強迫の下でされたものであれば、同じ問題を抱えることになります。こうした一文に頼るより、署名の過程そのもの(考える時間を置いた、内容を説明した、本人の意思で署名した)を書面や記録に残すほうが、後の争いに備えになります。
管轄の合意も、書き方を誤りやすい条です。民事訴訟法は、当事者は第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができ、その合意は一定の法律関係に基づく訴えに関し、書面でしなければ効力を生じないと定めています(同法11条1項・2項)。けれども、親権や養育費、子との交流といった事項は、地方裁判所ではなく家庭裁判所が扱う事項で、手続の種類ごとに、どの家庭裁判所が扱うかを家事事件手続法などが定めています。養育費や子との交流の調停・審判のように、当事者が合意で定める家庭裁判所に申し立てることが認められている手続もありますが(家事事件手続法245条1項・66条1項)、それは同法が定める範囲での話です。事務所が作成した趣味や副業の活動を続ける配偶者の誓約書では、金銭の請求については合意で管轄裁判所を定め、親権・養育費・子との交流については法令により家庭裁判所が管轄する、と書き分けました。夫婦の間の書面だからといって、すべてを「家庭裁判所の専属的合意管轄」とまとめて書くと、通常は地方裁判所や簡易裁判所で扱う金銭の請求まで家庭裁判所に集めるかのような、手続の仕組みと合わない書き方になります。
夫婦の間以外の個人間の示談書でも、管轄の条は機械的に置かれがちです。事務所の書類には、相手方又は依頼者の住所地の裁判所を専属的な合意管轄裁判所とした示談書がある一方、私的なトラブルの示談書で、当初の案の「特定の地方裁判所の専属」とする条を、最終版で「まず協議し、合意がなければ法令の定める管轄による」に改めたものもあります。専属的な合意は、決めた裁判所以外では訴えを起こせなくする強い合意です。当事者の住所が離れている、どちらかが転居する可能性がある、という個人間の事情を考えると、あえて法定の管轄に委ねる選択にも合理性があります。
当事者でない人への義務付けと、過大な約束
書面に署名していない人は、その書面に拘束されません。それでも、誓約書や合意書には、当事者でない人に義務を課すような文言がしばしば見られます。職場内の関係をめぐる合意書で、当事者の双方の配偶者に義務を課す文言を置いたもの、合意書の中で、当事者の親族や当事者の支配下にある者に対して注意を促し措置をとる義務を定めたものなどです。
事務所が三者版の示談書を二者版に組み替えた際には、「当事者でない人には義務を課せない」として、口外禁止の義務を負う者から配偶者を外しました。当事者でない人の行動を確保したいなら、その人を当事者に加えるか、当事者がその人に約束を守らせる義務を負い、守られなかったときは当事者自身の違反とみなす、という形で書きます(口外禁止・データの削除のページを参照)。
反対に、当事者でない人に「権利」を与えることはできます。契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したときは、その第三者は債務者に対して直接その給付を請求でき(民法537条1項)、その権利は、第三者が債務者に「契約の利益を受ける」と伝えた時に生じます(同条3項)。事務所が配偶者の署名しない示談書で、配偶者や勤務先が求償の上限や請求の禁止を自ら主張できるようにしたのは、この仕組みを使ったものです(求償権の放棄と請求の制限のページを参照)。義務は課せないが、利益を受ける立場には置ける、という違いを押さえておくと、署名しない人をどう扱うかを整理しやすくなります。
過大な約束にも注意が要ります。民法90条は、公の秩序や善良の風俗に反する法律行為を無効としています。違反したら全財産を譲渡する、内容を問わず一律に極めて高額の違約金を支払う、本人の身体や生き方に関わる決定を誓約書で拘束する、といった約束は、この規定によって効力を否定されるおそれがあります。事務所が作成したギャンブルの誓約書では、依頼者から全財産の譲渡を書けないかとご相談を受けましたが、公序良俗や暴利の観点から無効とされるおそれが大きいため、違約金に一本化しました。約束を強くしたいという気持ちを、効力が認められる形に置き換えることが、書面を作る側の役目です。
置き換えの方法は、大きく三つあります。一つ目は、確定した約束を「意向の表明」に置き換えること(離婚に応じる、親権者になることに異議を述べない)。二つ目は、約束に「留保」を付けること(著しく衡平を欠く特段の事情があるときは除く、子の利益のために異なる定めがされることを妨げない)。三つ目は、効力の疑わしい財産の約束を、額の決まった違約金に一本化すること(全財産の譲渡をやめる)です。どの方法をとっても、依頼者の気持ちを書面から消すわけではありません。気持ちを、トラブルの日に使える言葉に置き換えるのです。
ヒヤリングの問い 効力の限界を確かめる
違反があったとき、離婚まで考えていますか。
この問いで決まること離婚の約束を意向の表明として書くか、離婚の条件の事前合意まで書くかが決まる。
お子さんの親権や交流について、今の時点で決めておきたいことはありますか。
この問いで決まること現時点での合意と、将来の協議・家庭裁判所の手続の優先をセットで書く必要があるかが決まる。
財産分与や年金分割について、請求しないと約束してほしいですか。
この問いで決まること放棄に留保を付けるか、一方の請求でできる分割を除外するかが決まる。
書面に、署名しない家族や関係者の約束を入れたいですか。
この問いで決まることその人を当事者に加えるか、当事者の責任として書くかが決まる。
効力の限界をめぐって起きがちなこと
効力の限界を知ることは、約束を弱めることではありません。効かない約束を確定した約束として書くと、相手方から「この書面は無効だ」と言われたときに、効力のある他の条項まで一緒に疑われます。事務所は、効力が認められにくい事項を意向の表明と留保の形に置き換え、効力が認められる事項(違約金、接触禁止、支払)を厚く書くことで、書面全体がトラブルの日に使えるようにしています。
よくあるご質問
「浮気したら離婚に応じる」と書けば、効力がありますか?
離婚するかどうかは、その時の本人の意思によります。協議による離婚には届出の時の双方の意思が必要と考えられており、事前の約束で離婚を強制することはできません。事務所では、違反があり配偶者が離婚を求めたときは誠実に協議に応じる、という意向の表明にとどめています。
親権を誓約書で決めておけますか?
決めておくことはできません。親権者は離婚の時の協議で定め(民法819条1項)、子の監護に関する事項は子の利益を最も優先して考慮します(民法766条1項)。事務所の書類では、現時点での意向や合意を書いたうえで、離婚の時の協議や家庭裁判所の手続(共同親権の選択を含む)が優先すると明記しています。
財産分与や年金分割を、事前に放棄させられますか?
財産分与の事前の放棄は効力に議論があるため、事務所の書類では「著しく衡平を欠く特段の事情があるときはこの限りでない」という留保を付けています。年金分割は、合意による分割を求めないことに合意しつつ、一方の請求だけでできる分割には及ばないと明記しています。
「時効を主張しない」と約束させられますか?
時効の利益を前もって放棄することはできないため(民法146条)、その約束で時効の完成を止めることはできません。請求権を留保している間に時効が気になるなら、相手方に権利を承認してもらう(民法152条1項)など、別の方法で管理します。
離婚届を書いてもらって預かっておく方法は有効ですか?
協議による離婚には届出の時の意思が必要と考えられているため、署名の時と提出の時で本人の意思が変わっていれば、離婚の効力が争われる余地があります。「撤回しない」「無効を主張しない」と書いても、離婚の意思を補うことはできません。
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