このページの要点
- 月額・支払日・振込先・振込手数料を確定した形で書き、住居費や学費など月額に含めない費用は別条で分ける。
- 始期は月単位で特定し、終期は同居の再開・離婚の成立などの具体的な事由と日割り、通知の義務まで書く。
- 公正証書にするなら、金額の定まる月額に執行認諾を結び付ける(民事執行法22条5号)。2026年4月1日施行で、子の監護費用相当額には先取特権(民法306条3号・308条の2)が加わった。
- 離婚の際の清算を妨げないこと、養育費は別に定めることを書き、離婚協議書へ引き継ぐ。
結論:月額・始期と終期・支払方法・定額にならない費用を決め、離婚の書面に引き継ぐ
夫婦が別居しているあいだ、生活費をどちらがどれだけ負担するかを決めた書面が、婚姻費用の合意書です。民法752条は、夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないと定め、民法760条は、夫婦はその資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担すると定めています。婚姻費用には、夫婦それぞれの生活費のほか、子の監護にかかる費用、住居費、医療費、教育費などが含まれます。別居をはじめると、これらの費用の出し方を話し合う必要が生じますが、口頭の約束だけでは、「いつから」「いくら」「いつまで」が食い違いやすくなります。
このページは、民法・民事執行法などの条文と、一般的な書面の作り方に基づく解説です。扱うのは、夫婦のあいだで金額などがまとまったあとに、それを書面にする作り方です。金額が妥当かどうか、調停や審判になった場合の見通しは書きません。家庭裁判所の手続で使われる目安として、裁判所が公表している養育費・婚姻費用の算定表(令和元年12月に公表された改訂標準算定方式に基づくもの)がありますが、夫婦で合意するときは、その目安に拘束されるわけではありません。目安をどう使うか、使わないかも含めて、夫婦で決めた内容を、争いの種が残らない形で書くのが合意書です。
離婚をするかどうか、まだ決めていない夫婦もいます。婚姻費用は婚姻が続いている間の費用ですので、離婚が成立すれば終わり、離婚後の費用は養育費や財産分与などの別の話になります。ですので、婚姻費用の合意書は、終わりをどう書くかと、離婚の書面へどう引き継ぐかが要になります。離婚後の養育費の定額化や公正証書の作り方は離婚協議書・養育費の公正証書のページで扱っていますので、このページは、離婚の前の期間の書き方に絞ります。
婚姻費用の合意書の基本の構成
| 部分 | 書くこと | このページの節 |
|---|---|---|
| 前文・別居の確認 | 当事者と別居の事実、離婚の合意ではないこと | 月額の書き方 |
| 月額・支払方法 | 月額、支払日、振込先、振込手数料 | 月額の書き方 |
| 始期・終期 | いつの分から、どの事由までか | 始期と終期 |
| 未払い分 | 過去の未払い分の金額・期間と、支払の方法 | 未払い分と遅れたとき |
| 別に精算する費用 | 学費・医療費・住居費など、定額にならない費用 | 定額にならない費用 |
| 見直し・通知 | 収入や住所が変わったときの通知と、見直しの協議 | 始期と終期 |
| 執行認諾(公正証書) | 強制執行に服する旨の陳述 | 公正証書にするとき |
| 離婚時への引継ぎ | 離婚の際の清算を妨げないこと、養育費などの別の協議 | 離婚の書面への引継ぎ |
婚姻費用の合意書は、短い書面でも、月額・期間・精算の三つが欠けると使えなくなります。
月額の書き方:定額・支払日・振込先、そして何が含まれるか
婚姻費用の合意書の中心は、毎月の支払の条です。「生活費を渡す」「毎月○万円くらい」では、支払う側と受け取る側の理解が別々になります。書き方の基本は、金額、支払日、振込先、振込手数料の負担を、確定した形で書くことです。金額が確定していることは、後で公正証書にするとき(民事執行法22条5号の「金銭の一定の額」)にも必要になります。
月額を書くときに迷うのが、「その月額に何が含まれるのか」です。婚姻費用には、受け取る側の生活費、子の監護に要する費用、住居費、医療費、教育費などが含まれますが、実際の別居の形はさまざまです。たとえば、一方が自宅の住宅ローンを払い続けている場合、一方が賃貸住宅の家賃を払っている場合、子の学費を一方が直接払っている場合などです。それらを月額に含めるのか、月額とは別に負担するのかを書かないと、後で「ローンの分は払っているのに、さらに月額も払うのか」「いや、それは別の話だ」という食い違いが起きます。
見比べ 月額の条の書き方
金額
「乙は、甲に毎月生活費として○万円程度を渡す。」
「乙は、甲に対し、婚姻費用の分担として、毎月金○円を、毎月○日限り、甲が指定する口座に振り込んで支払う。振込手数料は乙の負担とする。」
理由「程度」「くらい」は確定した額ではない。額・期日・口座・手数料の負担を、読み手が迷わない形で書く。
含まれるもの
月額が何を含むかを書かない。
「前項の額には、甲及び子の生活費を含む。住宅ローンの返済、賃料、子の学費及び医療費は、前項の額に含まれず、第○条により負担する。」と書く。
理由月額に含めるものと、別に払うものを分けておくと、二重払いや払い漏れの争いを防げる。
内訳
月額の総額だけを書く。
「前項の額のうち、子の監護に要する費用に相当する部分は金○円、甲の生活費に相当する部分は金○円とする。」と内訳を書く。
理由後で子の費用に関する制度(後の節で扱う先取特権)を使う場面を考え、内訳を分けた記録を残す。
内訳を分けるかどうかは、夫婦の話合いで決める事項です。月額を一つの額で定める合意も有効に成立します。ただ、子のいる夫婦では、婚姻費用のうち子の監護に要する費用に当たる部分が、後の節で扱う制度(先取特権)の対象になるため、どの部分が子の費用なのかを書面から読み取れる形にしておくと、後で使える手段が増えます。この点は、後で改めて説明します。
月額を決める前提として、収入の資料を互いに見せ合うことがあります。このとき、資料の範囲(直近の給与明細や収入を示す書類など)と、見せ合った資料を他の目的に使わないという約束を、書面に入れる夫婦もいます。収入や資産の内容を合意の前提として書いておくと、後で収入が大きく変わったときに、「前提が変わった」として見直しを求める根拠になります。
公的な給付(子に関する手当など)を誰が受け取るかも、月額の考え方に影響します。給付の受取人を決める基準は、それぞれの制度の側に定めがありますので、合意書では、「子を監護している人が受け取る」といった現状を確認するにとどめ、受け取った給付を婚姻費用の月額の算定に入れるかどうかを書きます。入れない場合は「月額の算定に際して考慮しない」と明記します。
婚姻費用の分担(例)
1乙は、甲に対し、婚姻費用の分担として、○年○月分から、毎月金○円を、毎月○日限り、甲が指定する下記口座に振り込んで支払う。振込手数料は乙の負担とする。
2前項の額のうち、子の監護に要する費用に相当する部分は金○円、甲の生活費に相当する部分は金○円とする。
3第1項の額には、甲及び子の生活費を含み、次条に定める費用は含まない。
4甲は、前項の口座を変更するときは、変更後の口座を書面又はメッセージで乙に通知する。
金額・日付・口座を空欄のままにせず、読み手が迷わない形にします。2項の内訳は、夫婦で決める事項です。内訳を書かない合意も成り立ちますが、書いておくと、子の費用に関する制度を使う場面で、記録として役立ちます。
別居の事情によっては、受け取る側が、別居先の住所を相手に知らせたくない場合もあります。そうした場合は、住所の記載を書面からどう扱うか(住所欄に代わる連絡先を書く、郵送物の送付先を別に決める、連絡手段を書面やメッセージに限るなど)を、話合いの段階で決めておきます。公正証書にするときは、当事者の住所を記載するのが通例ですので、作成の前に、公証役場でどう扱われるかを確かめます。
始期と終期:いつの分から、どの事由で終わるのか
婚姻費用の合意書では、始期(いつの分から払うか)と終期(どの時点で終わるか)が、金額と同じくらい争いになりやすい点です。民法760条は、費用を分担すると定めるだけで、いつの分からを定める規定はありません。合意書では、夫婦の合意で自由に決めます。
始期は、「別居を始めた月から」「請求した月から」「合意書を作った月から」など、いくつかの考え方があります。どれにするかは夫婦の話合いで決めることで、このページは、どれが妥当かを判断しません。書き方として大切なのは、月単位で特定することです。「別居以来」のように、別居の日が曖昧な書き方は避け、別居を始めた日を前文で確認しておきます。過去にさかのぼる分があるときは、始期と、さかのぼる期間の金額の扱いを、次の節で扱う未払い分の条とあわせて書きます。
終期は、さらに慎重に書きます。婚姻費用は、婚姻が続き、別居が続いている間の費用ですので、次のような事由で終わらせるのがふつうです。
- 離婚の成立:離婚届が受理された日を基準にするのが、日付が確定しやすい。「離婚の合意ができたとき」では、合意の時期が争われる。
- 別居の解消:同居を再開したとき。同居の再開の判断が食い違わないよう、再開した旨を相手に通知する義務を置く。
- 合意の見直し:収入の大きな変動、子の進学、住居の変更など、状況が変わったときに協議して見直す。見直しが調うまでは現行の額を払う、と書く。
- 死亡その他:当事者の死亡のときの扱いを書くかどうか。書かない場合でも、終期の事由に含めると明快になる。
離婚が決まらないまま別居が長期化する夫婦もいます。その場合、合意書の効力を「別居の期間中」とだけ書くと、数年後に、収入や子の年齢が大きく変わっても、金額が据え置かれたままになります。期間を一定の年数に区切って更新の協議をする方法や、「毎年○月に収入資料を交換して見直しを協議する」といった定期の見直しを書く方法があります。見直しの協議が調わなかったときは、現行の額が続くのか、家庭裁判所の手続に進むのかを書いておくと、行き詰まりを避けられます。婚姻費用の分担に関する処分は、家事事件手続法の別表第二の二の項に位置付けられています。調停で合意が成立し調書に記載されれば、その記載は、確定した審判と同一の効力を有します(家事事件手続法268条1項)。合意書は、そうした手続に進む前の段階の書面として、あるいは進んだあとの調停条項に転記される下書きとしても使えます。
見比べ 終期の書き方
終わりの事由
「別居が終わるまで」
「次のいずれか早い日の属する月分まで。(1)甲と乙が同居を再開した日、(2)甲と乙の離婚が成立した日、(3)第○条により、本条の額を改定した日。月の途中で終わるときは、日割りで計算する。」
理由「別居が終わる」は、いつなのかが判断者によって分かれる。具体的な事由と、日割りまで書く。
事由の通知
事由が生じたときの連絡について触れない。
「乙は、前項の事由が生じたときは、速やかに甲に書面又はメッセージで通知する。同居の再開は、甲と乙が双方の同意のもとに起居を共にした日とする。」
理由事由が生じたことを、相手が知らないまま払い続けたり、払うのをやめたりしないよう、通知の手順を置く。
収入の変化
金額の見直しの手順を書かない。
「甲又は乙の収入が、本書の作成時から大きく変動したときは、その旨を相手方に書面又はメッセージで通知し、双方で見直しを協議する。協議が調うまでの間は、従前の額を払う。」
理由見直しの手順がないと、一方が勝手に減額したり、増額を求め続けたりする争いになる。
別居の事実と離婚の意思についての書き方にも注意が必要です。婚姻費用の合意書は、離婚の合意書ではありません。そのため、前文に「本書は離婚を合意するものではない」旨を書いておくと、書面が離婚の予告や準備のように受け取られることを避けられます。別居の理由については、誰に責任があるかを書かず、「別居した」という事実だけを確認するにとどめます。責任の所在が争われている夫婦の合意書に、一方の責任をにおわせる言葉を入れると、署名への抵抗が強まります。夫婦間の契約を婚姻中いつでも取り消せるとしていた民法754条は削除されていますので(詳しくは夫婦間の誓約書のページ)、夫婦間の契約であることだけを理由に、合意書の約束を一方的に取り消すことはできなくなっています。
未払い分と、遅れたとき:過去分の確定と分割払い
別居してから合意書を作るまでの間に、婚姻費用が払われていない期間があることが少なくありません。その未払い分をどう扱うかも、合意書に書きます。未払い分の条で決めることは、次のとおりです。
- 未払い分の範囲:何月分から何月分までの婚姻費用を対象とするか。始期と対応させる。
- 金額:月額に月数を掛けた総額を書く。途中で一部が払われていれば、その分を差し引いた額を書き、内訳(払われた額、残額)を残す。
- 支払の方法:一括か、分割か。分割なら、回数、各回の額、期日。
- 遅れたときの定め:分割払いが遅れたときの期限の利益の喪失(残りの全額を一度に払う義務が生じる)と、遅延損害金。
- 清算の範囲:この条で支払った額が、どの期間の婚姻費用に当たるかを書く。それ以外の請求の権利(将来の分、離婚時の清算など)を留保するなら、そのことも書く。
金銭の支払の遅れによる損害賠償の額は、約定の利率がなければ、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率で定まります(民法419条1項)。法定利率は、民法404条2項が年3パーセントと定め、同条3項から5項により3年を一期として見直される仕組みです。利率を合意で決めるときは、書面にその率を書きます(約定の利率が法定利率を超えるときは、約定の利率によります。419条1項ただし書)。支払の遅れが続くことが心配な場合は、期限の利益の喪失の条を置き、「滞納額が○回分に達したときは、残額を一度に支払う」のように、回数を数字で書きます。
未払い分の請求には、時効があります。民法166条1項は、債権は、権利を行使することができることを知った時から5年間、または権利を行使することができる時から10年間行使しないときは時効によって消滅する、と定めています。ただし、夫婦の一方が他の一方に対して有する権利については、婚姻の解消の時から6か月を経過するまでの間は、時効は完成しません(民法159条)。合意書を作るときは、時効の細かい計算より、未払い分の金額と期間を書面で確定させ、支払の約束を書面にすることが、書面作成の上での中心になります。
未払い分の支払(例)
1乙は、甲に対し、○年○月分から○年○月分までの婚姻費用の未払い分として、金○円(月額金○円の○か月分から、すでに支払った金○円を差し引いた額)の支払義務があることを認める。
2乙は、前項の金員を、○年○月から○年○月まで、毎月○日限り、金○円ずつ、甲が指定する口座に振り込んで支払う。
3乙が前項の分割金の支払を2回分以上怠ったときは、乙は、当然に期限の利益を失い、残額を一括して直ちに支払う。
4乙が前項により期限の利益を失ったときは、乙は、残額に対し、期限の利益を失った日の翌日から支払済みまで年○パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
5本条の支払は、第○条の婚姻費用の毎月の支払に代わるものではなく、これに加えて支払う。
未払い分の総額に「差引き」の内訳を書くのは、払われた分を二重に請求したと読まれないようにするためです。5項は、未払い分の分割払いと毎月の支払の混同を防ぎます。
学費・医療費・住居費など、定額にならない費用を本体と分ける
婚姻費用の中には、毎月同じ額にならない費用があります。子の学費や塾の費用、病気やけがの医療費、住居の更新料や修繕費、保険料などです。これらを月額に含めず、別条で扱う書き方が、書面の安定に役立ちます。月額にまとめて含めてしまうと、費用が大きくなった月に、受け取る側が足りなくなり、または支払う側が過大に払う結果になるからです。
定額にならない費用の書き方
| 費用 | 月額に含める場合 | 別条で扱う場合 |
|---|---|---|
| 住居費(住宅ローン・賃料) | 月額の中から払う。月額を決めるときに、住居費を考慮した額とする | 支払う人と金額を別条で定める。月額とは別に払うか、月額から差し引くかを書く |
| 子の学費・塾 | 平均的な額を月額に上乗せ | 入学・進級のときに事前に協議し、請求書の提示から○日以内に支払う、と書く |
| 医療費 | 月額に含める | 一定額を超えた分を、領収書を示して精算する。緊急の場合は事後に通知する |
| 保険料・各種の掛金 | 月額に含める | どちらの名義で、誰が払うかを書く。解約・変更をするときは事前に通知する |
どちらにするかは夫婦で決めます。重要なのは、含めるのか別に払うのかを書いて、二重払いや払い漏れを避けることです。
別条にするときは、事前の協議と上限を書くと、あとで金額の争いになりにくくなります。たとえば、「子の学費は、進学の○か月前までに、甲が学校名と費用を乙に通知し、甲乙で負担を協議する。協議が調わないときは、○円を上限として、乙が○割を負担する」といった書き方です。どれくらいの費用がかかるのか分からないまま、「かかった分は全額払う」と書くと、支払う側にとって予測が立たず、署名しにくくなります。
こうした定額にならない費用の約束は、後の節で扱う公正証書の執行の対象にはなりにくいことに注意が必要です。民事執行法22条5号は、金銭の「一定の額」の支払を目的とする請求について、公正証書に強制執行に服する旨の陳述が記載されたものを債務名義とすると定めています。月額が定まった婚姻費用は「一定の額」になりますが、「かかった費用の半分」は、費用が確定するまで額が定まりません。養育費の合意でも同じ整理が必要で、この切り分けの考え方は離婚協議書・養育費の公正証書のページで、養育費の場面として説明しています。婚姻費用でも、金額の定まる月額と、後で精算する費用とを別の条に書き、公正証書にするときは前者に執行認諾を結び付けます。
婚姻費用の約束とは別に、別居中の子との交流(面会)や、子の養育方針についての約束を同じ書面に書く夫婦もいます。その場合は、婚姻費用の支払と子との交流を、互いの条件のように結び付けない書き方が安定します。「支払がなければ会わせない」「会わせなければ払わない」のように、片方の約束の不履行を理由に他方の約束を止められるようにしておくと、子のためにも、書面の運用にも、行き詰まりを招きやすいからです。別の条にして、それぞれ独立した約束として書きます。子との交流の定めの限界は誓約書で約束しても効かないことのページで扱っています。
公正証書にするとき:「一定の額」と執行認諾、強制執行の特例
婚姻費用の合意書は、私文書のままでも合意の証拠になりますが、支払が止まったときに、私文書のままでは直ちに強制執行はできません。強制執行をするには債務名義が必要です。合意に基づく方法として個人間でよく使われるのは、公証人が作った公正証書に、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述を記載したもの(執行証書。民事執行法22条5号)と、家庭裁判所の調停で合意が成立し調書に記載されたもの(家事事件手続法268条1項)の二つです。執行証書と調停条項の違いは離婚協議書・養育費の公正証書のページに整理があります。このページでは、婚姻費用の場面で出てくる点を挙げます。
婚姻費用の強制執行に関わる規定
| 規定 | 内容 | 合意書での意味 |
|---|---|---|
| 民事執行法22条5号 | 金銭の一定の額の支払を目的とする請求について、公正証書に、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されたものは債務名義になる | 月額を確定額で書き、執行認諾の文言を置く。定額にならない費用は別条にする |
| 民事執行法151条の2第1項・2項 | 民法752条の夫婦間の協力扶助の義務、民法760条の婚姻費用の分担の義務に係る確定期限の定めのある定期金債権について、一部に不履行があるときは、確定期限が到来していないものについても債権執行を開始できる。差し押さえられるのは、各定期金の確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権のみ | 毎月の支払日を確定期限として書く。不履行があれば、将来の分にも給料の差押えが及ぶ余地がある |
| 民事執行法152条3項 | 婚姻費用の分担などの義務に係る金銭債権を請求する場合、給料等の差押禁止の範囲は、給付の4分の3ではなく2分の1とされる | 差押えの場面では、通常の債権より広く差し押さえられる余地がある |
| 民事執行法167条の15 | 婚姻費用の分担などの義務に係る金銭債権についての強制執行は、通常の方法のほか、債権者の申立てにより、間接強制(履行しないときは一定の金銭を債権者に支払うよう債務者に命じて、履行を促す方法)によることもできる。債務者が支払能力を欠くとき、または弁済により生活が著しく窮迫するときは除く | 支払の確保の手段が複数ある。合意書の書き方が、これらの手段を使う前提になる |
上の規定は、書面が整っていて、執行の手続の要件を満たすときに使えるものです。個別の場面で使えるかどうかは、執行裁判所の判断によります。
婚姻費用については、民法の改正で新しい制度も始まっています。2026年4月1日に施行された民法の改正(令和6年法律第33号)で、子の監護の費用に先取特権が設けられました(民法306条3号)。先取特権は、債務者の総財産から優先して弁済を受けられる担保の権利で、ここでは、確定期限の定めのある定期金債権の各期の定期金のうち、子の監護に要する費用として相当な額(子の数に応じて法務省令で定めるところにより算定した額)について存在します(民法308条の2)。対象となる義務には、民法752条の夫婦間の協力扶助の義務と、民法760条の婚姻費用の分担の義務が含まれています。つまり、婚姻費用のうち、子の監護に要する費用に当たる部分には、先取特権があるのです。この先取特権の実行(給料などの債権を差し押さえる手続)は、担保権の存在を証する文書などを提出して開始できます(民事執行法193条1項)。
ただし、この制度には限りがあります。対象となるのは、施行の日(2026年4月1日)以後に生じた各期の定期金に限られます(令和6年法律第33号附則3条1項)。額も、法務省令で定めた算定による相当な額が上限で、月額が婚姻費用の全体であれば、配偶者自身の生活費の部分は対象になりません。先取特権の範囲は、当事者が合意書で内訳をどう書いたかではなく、法律と省令の算定で決まります。それでも、合意書に子の分と配偶者の分の内訳を書いておくことは、どの部分が子の監護の費用なのかを後から確かめる記録として意味があります。どのような文書が「担保権の存在を証する文書」として足りるかは執行裁判所の判断になるため、合意書では、当事者、子の氏名と生年月日、対象の期間、月額、支払日を、あいまいさなく書いておきます。公正証書があることの意味もなくなったわけではありません。先取特権の対象外の部分(配偶者自身の生活費、定額にならない費用の精算など)は、これまでどおり、執行証書や調停条項などの債務名義が必要になります。養育費の場面での同じ制度の説明は離婚協議書・養育費の公正証書のページにあります。
強制執行認諾(例)
1乙は、第○条第1項の婚姻費用の支払及び第○条の未払い分の支払を怠ったときは、直ちに強制執行に服する旨を陳述する。
2甲及び乙は、前項の支払金の額及び期日を確定額として定めたことを確認する。
3乙は、勤務先、雇用の形態、報酬が振り込まれる口座に変更があったときは、速やかに甲に通知する。
執行認諾は、金銭の一定の額の支払の条に結び付けます。定額にならない精算の条には結び付けません。3項は、将来、強制執行をするときの手がかり(勤務先・口座)を、書面から読み取れる形にするための通知義務です。
公証人の手数料も見積りに入れます。公正証書のうち法律行為についての手数料は、法律行為の目的の価額の区分に応じて定められています(公証人手数料令9条)。定期の給付を目的とする法律行為の価額は全期間の給付の総額が原則ですが、子の監護に要する費用の分担についての定めは5年間、その他の法律行為は10年間の総額が上限です(同令13条1項ただし書。期間の定めがないときは同条2項)。年数の考え方の詳しい説明は離婚協議書・養育費の公正証書のページにあります。婚姻費用の合意書では、子の監護にかかる部分とそれ以外の部分をどう扱うか、終期が「離婚の成立」のように日付で決まらない場合をどう扱うかは、公証役場の取扱いによります。作成を依頼する前に、見積りの方法と必要書類を公証役場で確かめておくと、後の手戻りを防げます。
終期が「離婚の成立」「同居の再開」のような事実の到来にかかる場合に、公正証書の執行認諾をどう書くかも、公証役場ごとに扱いが異なることがあります。事前に確認し、必要なら、終期の事由を日付などに寄せて書くことを検討します。
離婚の書面への引継ぎ:清算を妨げない書き方と、養育費・財産分与の確認
婚姻費用の合意書は、離婚が成立すれば終期を迎えます。離婚するときは、離婚協議書などで、養育費、財産分与、慰謝料、年金分割、面会交流などを、改めて定めることになります。婚姻費用の合意書の段階で、次の三点を書いておくと、離婚の書面への引継ぎが円滑になります。
- 離婚の際の清算を妨げないこと:婚姻費用の合意は、離婚の際の財産分与や慰謝料などの協議を、妨げたり、先に決めたりするものではないと書く。逆に、これまでに払った婚姻費用を離婚の際の清算でどう扱うか(考慮する、考慮しない)を決めるなら、その旨を書く。
- 離婚後の費用は別に定めること:離婚後の子の養育費は、離婚の際に協議で定めるものです(民法766条1項)。婚姻費用の月額が、そのまま養育費になるわけではありません。「離婚の際には、子の養育費について別に協議する」と書く。
- 書面を引き継ぐ資料として残すこと:支払の記録(振込の履歴)、収入資料の交換の記録、子の費用の内訳を、離婚の協議に使えるよう残しておく。
2026年4月1日に施行された民法の改正で、離婚の際の取り決めに関わる制度も変わっています。子の監護に要する費用の分担についての定めをせずに協議上の離婚をした場合に、離婚の時から引き続き子の監護を主として行う父母の一方が、他方に対し、法務省令で定める標準的な費用の額などを勘案して算定した額を、離婚の日から、取り決めをした日・審判が確定した日・子が成年に達した日のいずれか早い日までの間、毎月末に、費用の分担として請求できる制度(民法766条の3第1項。支払能力を欠くなどの場合は、請求を拒める余地があります)が設けられました。ただし、この制度は、取り決めをしなかった場合の特例で、取り決めの代わりになるものではありません。施行日前に離婚した場合には適用されません(令和6年法律第33号附則3条2項)。離婚の際には、養育費をきちんと定めることが前提ですので、婚姻費用の合意書にも、「離婚の際には、養育費について別に定める」と書いておきます。
財産分与についても、離婚の時から5年を経過すると、家庭裁判所に協議に代わる処分を請求できなくなります(民法768条2項ただし書)。以前は2年とされていましたが、2026年4月1日施行の改正で5年になりました。ただし、施行日前に離婚した場合の請求期間の制限は、なお従前の例によります(令和6年法律第33号附則4条)。別居が長引くあいだに、財産の状況が変わることも多いため、婚姻費用の合意書の中に、「離婚の際の財産分与の協議のため、双方が主要な財産の資料を交換する」といった項を置く夫婦もいます。ただし、財産分与の具体的な内容を、離婚が決まっていない段階で定めてしまうことは避け、離婚の際の協議に委ねる受け皿の項にとどめるのが、書面の安定につながります。
離婚の際の条件を、婚姻中に前もって合意しておく場合の注意(離婚に応じる約束、親権の事前の決定の限界など)は誓約書で約束しても効かないことのページで、離婚の協議書を公正証書や調停条項にする方法は離婚協議書・養育費の公正証書のページで扱っています。婚姻費用の請求の意思を、書面で通知する段階にあるときの内容証明の形式は内容証明郵便の形式と出し方のページが、通知の中身の組み立ては内容証明・通知書のページが参考になります。
合意書を作る前の確認と、婚姻費用の合意書で起きがちなこと
婚姻費用の合意書は、短くても、日々のお金に関わる書面です。作る前に、夫婦で次の点を確認します。
ヒヤリングの問い 婚姻費用の合意書を作るために
別居を始めたのは、いつですか。それ以前の生活費は、どのように負担していましたか。
この問いで決まること前文の別居の確認と、始期、未払い分の有無が決まる。
毎月の額は、いくらにしたいですか。その額には、どの費用が含まれますか。
この問いで決まること月額と、含めるもの・別に払うものの区分が決まる。
住宅ローンや家賃、子の学費、医療費、保険料は、現在、どちらがどのように払っていますか。
この問いで決まること定額にならない費用を別条にするかどうかと、その書き方が決まる。
いつ、どのような事由があれば、この合意を終えますか。収入が変わったときは、どうしたいですか。
この問いで決まること終期の事由、通知の義務、見直しの手順が決まる。
過去に払われていない分はありますか。あるなら、何月分から何月分までで、すでに払われた分はいくらですか。
この問いで決まること未払い分の条の金額・期間・内訳が決まる。
公正証書にしたいですか。相手の勤務先や口座は分かりますか。
この問いで決まること執行認諾の条の要否と、勤務先・口座の通知義務の書き方が決まる。
ヒヤリングでは、金額が妥当かどうかは伺いません。夫婦で決めた内容が、書面に過不足なく入るかを確かめます。
署名の前に確かめること
- 別居の日と、離婚の合意ではないことが前文で確認されているか。
- 月額・支払日・振込先・振込手数料の負担が、確定した形で書かれているか。「程度」「くらい」が残っていないか。
- 月額に含まれる費用と、別に負担する費用が分けて書かれているか。
- 始期が月単位で特定されているか。終期の事由が具体的で、日割りの扱いが書かれているか。
- 終期の事由が生じたときの通知の義務が書かれているか。
- 未払い分の金額・期間・内訳が書かれ、毎月の支払とは別であることが書かれているか。
- 遅延損害金の利率と、期限の利益の喪失の回数が書かれているか。
- 収入などが変わったときの通知と、見直しの手順が書かれているか。
- 公正証書にするなら、定額の月額と、定額にならない精算が別の条に分かれているか。
- 離婚の際の清算を妨げないことと、養育費は別に定めることが書かれているか。
婚姻費用の合意書は、夫婦の関係が揺れているときに作る書面です。それだけに、書面の言葉は、責任を問う言葉を避け、金額、期間、手順という確かめられるものだけで組み立てます。離婚に進むかどうかは、この書面では決めません。その決めない部分を、「離婚の際の清算を妨げない」「養育費は別に定める」という形で、きちんと残しておくことが、あとで使える合意書になります。
婚姻費用の合意書についてのご質問
別居している間は、口頭の約束で生活費を渡してもらっていますが、書面は必要ですか。
口頭の約束でも成立しますが、金額・期間・終わり方が曖昧になりやすく、払われなくなったときに、約束の内容を確かめにくくなります。月額、始期と終期、支払方法を書いた書面にしておくと、後の協議や手続の資料としても使えます。
算定表の金額どおりに決めなければいけませんか。
夫婦で合意するときは、算定表の金額に拘束されるわけではありません。算定表は、裁判所が公表している目安で、家庭裁判所の手続で使われるものです。合意書では、夫婦で決めた額を確定額として書きます。金額が妥当かどうかの判断は、このページでは行いません。
公正証書にしないと、強制執行はできませんか。
私文書のままでは、直ちに強制執行はできません。強制執行をするには、執行認諾付きの公正証書や調停調書などの債務名義が必要です(民事執行法22条)。ただし、子の監護に要する費用に当たる部分には、2026年4月1日以後に生じた分について、先取特権の制度があります(民法306条3号・308条の2)。対象の範囲には限りがあります。
よくあるご質問
婚姻費用とは何ですか。養育費とは違いますか。
婚姻費用は、婚姻から生ずる費用で、夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して分担するものです(民法760条)。夫婦それぞれの生活費や、子の監護の費用などを含みます。養育費は、離婚後の子の監護に要する費用の分担で、離婚の際に協議で定めます(民法766条)。婚姻費用は離婚が成立すれば終わります。
婚姻費用の合意書には、何を書けばよいですか。
前文(別居の確認、離婚の合意ではないこと)、月額・支払日・振込先、始期と終期、未払い分、住居費・学費・医療費などの別に精算する費用、収入が変わったときの通知と見直し、公正証書にするときの執行認諾、離婚の際の清算を妨げないことを書きます。金額が妥当かどうかの判断は、書面作成の範囲に含まれません。
終期は、どのように書けばよいですか。
「別居が終わるまで」だけでは、いつなのかが争われるため、同居の再開の日、離婚の成立の日、合意書を改定した日のうち早い日の属する月分まで、のように、具体的な事由と日割りの扱いを書きます。事由が生じたときの通知の義務も、あわせて置くと安全です。
婚姻費用の未払い分は、合意書でどう扱いますか。
何月分から何月分までか、総額はいくらか、すでに払われた分を差し引いた残額はいくらかを書き、一括か分割かを決めます。分割払いなら、期日と回数、期限の利益の喪失、遅延損害金を書きます。毎月の婚姻費用の支払とは別であることも書いておきます。
婚姻費用の取り決めは、離婚するときはどうなりますか。
婚姻費用の合意は、離婚の成立で終わります。離婚後の子の養育費は、離婚の際に協議で定めます(民法766条)。財産分与は、離婚の時から5年を経過すると家庭裁判所に処分を請求できなくなります(民法768条2項ただし書。施行日前に離婚した場合は従前の例)。婚姻費用の合意書には、離婚の際の清算を妨げないこと、養育費を別に定めることを書いておきます。
あわせて読みたいページ
本ページは一般的な情報提供です。個別の書面への当てはめは、当事者の関係や事実の経過によって結論が変わることがあります。事務所の改訂例・ご相談の事例として紹介している内容は、アトラス行政書士法人が作成・改訂・レビューしてきた不貞の示談書(二者間・三者間)、夫婦間の誓約書・合意書、相手方の差入れ誓約書、交際・婚約・内縁の解消の示談書と合意書、離婚協議書と公正証書の原案、認知と養育費の合意、刑事事件になりうるトラブル・SNS上の被害の示談書、内容証明・通知書、事実関係整理メモ、ヒヤリングシート等に基づき、当事者が特定できないよう一般化しています。条文は e-Gov法令検索で確認しています(最終確認日:2026年10月20日)。参考: e-Gov法令検索