このページの要点
- 合意書は双方の約束、誓約書は従業員の差入れ。同じ義務を二つに重ねて書かず、どちらに書くかを先に決める。
- 清算の条は、退職後も残る義務と、清算から外す債権を明記して書く。「何らの債権債務もない」とだけ書かない。
- 違約金は置かず、違反で生じた損害の賠償と差止めの請求で書く。保証人を付けるなら極度額を定める。
- 芸名のような呼び名、競業、顧客への接触は、期間・地域・範囲・対価を具体的に書くか、書かない。
結論:合意書は会社と従業員の合意、誓約書は従業員の差入れ。二段で作り、違約金は置かずに書く
従業員が会社を辞めるとき、条件を書面にする方法は二つあります。会社と従業員が互いに約束する退職合意書と、従業員が会社に対して一方的に約束して差し入れる誓約書です。退職合意書は、退職の日、退職日までの扱い、私物、口外や中傷の禁止、秘密情報の返還、清算を、双方の約束として書きます。誓約書は、退職後に従業員が守る義務(秘密保持、貸与物の返却、SNSでの言動、場合によっては競業や顧客への接触)を、従業員の側の約束として書きます。二つを分けて作る場合は、合意書に付帯して誓約書を差し入れる形にし、どちらにどの義務を書くかを先に決めます。
期間の定めのない雇用では、従業員はいつでも解約の申入れができ、申入れの日から2週間で雇用は終了します(民法627条1項)。それでも合意書を作るのは、終了そのものではなく、終了に伴う条件(退職日、引継ぎ、清算、退職後の約束)を、争いになる前に決めておくためです。
このページが扱うのは、会社と従業員の間で退職の条件がまとまったあとに、その内容を書面にする作業です。退職を勧めるかどうか、解雇の当否、離職の理由の区分、退職金の算定、雇用保険などの手続、雇用契約書や就業規則の作り方は、このページでは扱いません。ひな形には、離職の事由、退職金、有給休暇、残業代の欄がありますが、これらは条の存在を紹介するにとどめます。事務所の書類は、会社の側が作成するものが中心ですが、従業員の側が受け取ったときに確かめる点も、各所で短く添えます。
- 退職合意書は会社と従業員が互いに約束する書面、誓約書は従業員が差し入れる書面。同じ義務を二つに重ねて書かない。
- 清算の条では、退職後も残る義務(秘密保持、誓約書の義務)と、清算から外す債権を、はっきり分けて書く。
- 違約金は置かず、違反によって生じた損害の賠償と、差止めの請求で書く。保証人を付けるなら極度額を定める。
- 芸名や屋号のような呼び名、競業や顧客への接触は、期間・地域・範囲・対価を具体的に書くか、書かない。
退職合意書と誓約書の二段構え:誰が誰に何を約束するか
二段構えは、書面ごとに当事者と約束の向きが違います。合意書では会社と従業員が互いに義務を負い、誓約書では従業員だけが義務を負います。誓約書に保証人を付ける場合は、保証人が会社に対して従業員の義務の履行を保証することになります。
退職の書面の当事者と約束の向き
- 甲乙退職日までの扱い、退職後に不利益な情報を再就職先に伝えない約束
- 乙甲秘密情報の返還と保有しない誓約、退職の条件への同意
- 甲乙相互に誹謗中傷をしない約束(合意書)
- 乙甲退職後の言動や貸与物の返却の約束(誓約書)
- 丙甲乙の義務の履行を保証する(付ける場合)
合意書では会社も従業員に対して義務を負います。会社の側が何も約束しない書面は、従業員が署名に応じにくくなり、署名をもらえないまま退職日を迎えることがあります。
事務所が扱った中小企業の退職合意書は、まず基本の形から作りました。条の構成は、合意退職、退職日までの扱い、私物の扱い、情報開示(口外と中傷の禁止)、機密保持、清算、不起訴合意の順です。基本の形に、依頼者の事情に応じて条を加えたのが修正版で、残業代の扱い、退職したことを第三者に口外しない約束、再就職先や取引先への中傷の禁止、競業の禁止、秘密情報の具体的な列挙などが加わりました。
退職合意書の条の構成と、条ごとの要点
| 条 | 書く内容 | 設計の要点 |
|---|---|---|
| 合意退職 | 退職の日付を定めて、雇用契約を終了させる合意 | 日付は特定する。離職の事由の区分は、書面の外の手続に関わるので、このページでは扱わない |
| 退職日までの待遇 | 退職日までの給与、引継ぎの期限、有給休暇 | 引継ぎの最終出勤日と、退職日が別の日になることがあるので、日付を二つ書く |
| 私物の扱い | 持ち帰りの期限と、期限後の処分への異議を述べない旨 | 退職日の翌日以降に残った私物を会社が処分できる、と書くときは、期限を明記する |
| 情報開示 | 合意書の内容の口外禁止、相互の誹謗中傷の禁止、会社が再就職先に不利益な情報を伝えない約束 | 会社も約束する条を入れると、従業員が署名しやすくなる |
| 機密保持 | 秘密情報の返還と、保有していない旨の誓約、退職後の秘密保持 | 秘密情報の例示は業種に合わせる |
| 清算 | 合意書に定めるもののほか、債権債務がないことの確認 | 清算から外す債権と、退職後も残る義務を明記する |
| 不起訴合意 | 合意書に定めるほか請求をしない約束 | 清算の条と重なるので、書き方を揃える |
清算の条:何を終わらせて、何を残すか
清算の条は、合意書に定めるもののほかには、会社と従業員の間に債権債務がないことを確認する条です。示談書の清算条項(解決金の受領確認と清算のページ)と考え方は同じですが、退職の場面では、清算してはいけないものがはっきりしています。退職後も続く義務は、清算の対象にできません。清算で全部が終わったと読まれると、秘密保持や誓約書の義務まで消えたことになってしまうからです。
事務所の基本の形では、清算の条に、二つの例外を書いています。一つは、合意書の締結日以降に支払われる給与から控除される社宅の使用料や社内融資の返済金など、会社が従業員に対して持つ債権です。もう一つは、従業員に適用される会社の就業規則と、従業員が在職中に会社へ提出した誓約書のうち、退職後の従業員の義務を定める部分で、引き続き効力を有するものとして残します。
清算の条(例)
1甲と乙は、本合意書の締結日以降に支払われる給与から控除される社宅の使用料及び社内融資の返済金など、甲の乙に対する債権を除き、本合意書に定めるもののほか、甲乙間に何らの債権債務が存在しないことを相互に確認する。
2前項の定めにかかわらず、乙に適用される甲の就業規則及び乙が在職中に甲へ提出した誓約書のうち、退職後の乙の義務を定める部分は、本合意書の締結後も、引き続きその効力を有する。
3甲及び乙は、相手方に対し、裁判上、裁判外を問わず、本合意書に定めるもののほか、何らの請求もしない。ただし、本合意書又は前項の誓約書に基づく請求は、この限りでない。
第3項のただし書は、清算の条と不起訴合意を同じ範囲に揃えるための一文です。「本合意書に定めるもののほか」とだけ書くと、合意書の外にある誓約書に基づく請求まで封じたように読めます。ただし書で、誓約書に基づく請求を外しておきます。
清算の範囲は、合意書に書かれていることで決まります。口頭で約束した退職後の条件や、別の書面の扱いが曖昧なままだと、清算の条で何が終わったのか分からなくなります。合意書に支払の約束がある場合は、その履行も清算の例外として残る点を、条文の上ではっきりさせます。賃金や退職金の支払の約束そのものの内容は、このページでは扱いません。
ヒヤリングの問い 清算の条を決めるために
在職中に会社へ提出した誓約書や、就業規則に基づく義務がありますか。
この問いで決まること退職後も残す義務を、清算の例外として書くかが決まる。
会社が従業員に対して持つ債権(社宅の使用料、社内融資の返済金など)はありますか。
この問いで決まること清算から外す債権の列挙が決まる。
合意書に、会社が支払う約束はありますか。
この問いで決まることその履行を請求できる旨を、不起訴合意の例外として書くかが決まる。
退職後に従業員が守る約束は、合意書と誓約書のどちらに書きますか。
この問いで決まること同じ義務を二つに重ねて書かず、どちらか一方に寄せるかが決まる。
秘密情報の返還と「何も保有していない」誓約、退職後の秘密保持
秘密保持の条は、二つの動きで組み立てます。一つは、手元にある秘密情報を返す(または消去する)こと、もう一つは、返したあとも、秘密を漏らさず、自分や競合のために使わないことです。事務所の書類では、前者を「原本、複写等の別を問わず、すべてを会社へ返還し、何ら保有していないことを誓約する」と書き、秘密情報が記録された電磁的記録、書類、媒体を、手元で保管したり保持したりしないことまで書いています。返還を約束するだけでは、写しを残したままでも約束を守ったことになるため、「保有していない」という誓約を重ねます。
秘密情報の返還と保有しない誓約(例)
1乙は、在職中に知り得た甲及び甲の関連会社の業務上の秘密、顧客情報及び個人情報について、原本、複写その他の別を問わず、すべてを甲に返還し、何ら保有していないことを誓約する。
2乙は、秘密情報が記録された電磁的記録及び書類、媒体を、自らの手元(私物の電子機器及びクラウド上の保存先を含む。)で保管又は保持しない。
3乙は、退職後も、秘密情報を第三者に開示又は漏えいせず、自己又は甲と競合する事業者その他の第三者のために利用しない。
「私物の電子機器及びクラウド上の保存先」は、返還と消去の範囲を、実際の保存先に合わせるための書き方です。保存先を特定しないと、写しの有無を確かめようがありません。
秘密情報の範囲の書き方は、業種に合わせます。製品の設計や生産管理、製造原価に関する情報を並べた長い列挙は、製造業を想定したものと見られ、製造業の会社には合っています。サービス業の会社に同じ列挙を使うと、当てはまらない項目が並び、肝心の顧客名簿や予約の記録、業務の手順、個人情報が埋もれます。サービス業の会社の誓約書では、経営情報、財務情報、営業戦略、顧客情報、取引先情報、業務マニュアル、人事情報、ノウハウのように、実際に扱う情報を中心に例示した書き方もあります。
契約で秘密情報として列挙したからといって、それが法律上の営業秘密になるわけではありません。不正競争防止法は、営業秘密を、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものと定めています(2条6項)。会社が秘密として管理していることが前提になるので、誓約書に書くだけでなく、アクセスを限る、持ち出しを禁じるなどの管理の実態が伴っているかを確かめます。営業秘密保有者から営業秘密を示された者(退職者を含みます)が、不正の利益を得る目的または保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、または開示する行為は不正競争にあたり(同法2条1項7号)、会社は差止めを請求できる場合があります(同法3条)。誓約書に差止めの請求を妨げない旨を書くのは、この請求を契約の面からも支えるためです。
秘密保持の義務の例外として、公知の情報、正当な権限を有する第三者から適法に取得した情報、法令や裁判所の命令で開示を求められた情報を外す書き方があります。事務所の誓約書でも、この三つを除外し、法令に基づく開示では、先に会社へ通知して、可能な範囲で会社の指示に従うものとしています。期間については、「退職後も無期限に継続する」と書く型と、期間を区切る型があります。情報の性質に応じて、技術上のノウハウは長く、一般的な業務情報は短くする分け方も考えられます。
誹謗中傷とSNSの禁止、退職の口外禁止
退職後の言動の約束は、書き方によって従業員の負担が大きく変わります。事務所の基本の形では、合意書の内容を許可なく第三者に開示しないこと、会社が再就職にあたり従業員の不利益になる情報を開示しないこと、会社と従業員が口頭、書面、メール、SNSなどの手段を問わず、直接間接に相手方を誹謗中傷しないことを書いています。会社も約束する条を入れておくと、従業員が署名する理由が増えます。
合意書の修正版では、条を加えています。従業員が退職することを会社の許可なく第三者に口外しないという条、在職中の取引先や再就職先の企業とその職員に対して会社の誹謗中傷をしないという条です。退職の口外禁止は、引継ぎのために取引先へ退職を伝える連絡と食い違うことがあるので、「いつまで」「誰に対して」を書いておきます。たとえば、会社が取引先に退職を知らせるまでの間は従業員が口外しない、会社が知らせた後は制限しない、という書き方です。
退職の口外と誹謗中傷(例)
1乙は、甲の書面による許可なく、本合意書の内容を第三者に開示してはならない。
2乙は、甲が取引先に乙の退職を通知するまでの間、乙の退職を第三者に口外しない。
3甲及び乙は、口頭、書面、電子メール、SNSその他の手段を問わず、直接又は間接に、相手方を誹謗中傷しない。
4甲は、乙の再就職にあたり、乙に不利益となる情報を第三者に開示しない。
5前各項の定めは、法令に基づく開示、公的機関への相談及び守秘義務を負う専門家への相談を妨げない。
例外の列挙は、口外禁止の条項のページで扱う書き方と共通します。書面の義務の対象と例外は、具体的に分けます。
採用の内定が取り消された後に、解決金で話をまとめる示談書でも、同じ型の条が並びます。事務所が扱った例では、請求権の放棄(内定に基づく地位の確認の請求を含む)、示談の内容や交渉の経緯の口外禁止(SNSや匿名での言及を含む)、誹謗中傷の禁止、接触の遮断の各条を置いていました。内定の取消しは刑事事件・SNSのトラブルの示談書のページでも扱っています。退職後の約束は労働契約の延長にあり、示談書は一回限りの解決の合意である点は違いますが、口外や接触の範囲を具体的に書く点は共通で、接触の禁止の書き方は接触禁止の条項のページと同じです。
違約金を置かない理由と、実損賠償・差止めで書く設計
退職後の義務に違約金を付けて、確実に守らせたいという希望はよく伺います。けれども、従業員の義務には違約金を置かない設計にします。理由は次のとおりです。
労働基準法16条は、使用者が労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する(あらかじめ賠償額を決めておく)契約をしてはならないと定めています。退職後の義務の違反が「労働契約の不履行」にあたるかについては、書面の作りや実態によって評価が分かれ得ますが、在職中の約束の延長として定める以上、この条文に触れるおそれがあります。そのため、違約金や賠償額の予定を置かず、違反によって実際に生じた損害の賠償を請求できる、と書く設計にします。
違約金を置く書き方には、もう一つ、条文の整合の問題があります。違約金は賠償額の予定と推定されます(民法420条3項)。賠償額の予定とした場合は、原則として予定した額が賠償額になるので、「違約金とは別に、実際の損害も請求できる」と書くと、予定の趣旨と食い違います。最低限度の賠償額の趣旨だと読むのかどうかも、不明確になります。
見比べ 違約金と保証人の書き方(退職時の誓約書の例)
違約金
「違反の事実をもって一定額の違約金を支払う。ただし、他の損害の賠償を妨げない」と書く。
違約金は置かない。「違反によって甲に生じた損害の賠償を請求できる」「差止めの請求を妨げない」と書き、損害の例(逸失利益、顧客との契約の解消による損害など)を列挙する。
理由労基法16条に触れるおそれを避ける。賠償額の予定と実損の請求が併存する書き方の矛盾(民法420条)も避ける。
保証人
「違約した場合の違約金と賠償金の支払を約するため、保証人を差し入れる」と書く。
保証人を付ける必要があるかを見直す。付けるなら、保証する範囲と極度額(保証人が責任を負う上限額)を条に書く。
理由将来の不特定の債務を個人が保証する契約は、極度額を定めなければ効力を生じない(民法465条の2第2項)。
違反の特定
「いかなる理由があろうとも違約してはならない」「あらゆる法的処置を受忍する」と書く。
どの義務の違反かを特定し、請求できる措置(差止め、損害の賠償)を列挙する。
理由違反の内容が特定されない書き方は、従業員の行為を広く縛り、後で争いになりやすい。民法90条(公序良俗)の問題も生じる。
保証人については、身元保証に関する法律も関係することがあります。同法は、期間を定めない身元保証契約は成立の日から3年間効力を有し(1条)、期間を定めても5年を超えることはできない(2条1項)と定めています。誓約書の保証人が、従業員の行為によって会社が受けた損害を賠償する性質を持つときは、この期間の制限が及ぶ場合があるので、「いつまで保証するのか」を条文に書き、5年を超える期間を書かないようにします。
ご依頼で聞かれたこと
退職合意書に一定額の違約金を書いて、従業員が約束を破ったら必ず払わせたいのですが、書けますか。
違約金を置く書き方は、労働基準法16条に触れるおそれがあります。事務所の退職時の誓約書では、違約金を置かず、違反によって生じた損害の賠償と差止めの請求を書く形にしています。また、違約金と実損の両方を請求できると書くと、賠償額の予定(民法420条)と食い違うため、書き方をそろえます。
保証人を付けてほしいと言われたのですが、付けるべきですか。
付けるかどうかは、会社の判断です。付ける場合は、保証する範囲と、上限額(極度額)を書く必要があります。極度額を定めない個人の根保証は効力を生じません(民法465条の2第2項)。
違約金を置かない設計でも、約束が空になるわけではありません。違反が起きたとき、会社は、損害の賠償を請求し、差止めを求められます。そのとき必要になるのが、違反した行為と損害の記録です。誓約書には、違反の特定のほか、損害の例示を置いておくと、請求の根拠が整理しやすくなります。約束しても書面では解決できないこと(職業選択の自由や、公序良俗に反する部分)は効力の限界のページで扱います。違約金一般の設計は違約金の設計のページが扱いますが、従業員への違約金は、ここで述べた制限が加わります。
芸名・屋号のような呼び名、競業、顧客への接触
個人の呼び名で顧客がつく仕事(施術や接客、講師、配信など)では、退職後に、在職中に使っていた呼び名や、その呼び名を与えた人との関係の言及をどう扱うかが問題になります。事務所が扱った退職時の誓約書では、会社に所属する人が従業員に特別に付与した称号を「称号」と定義し、退職後に、講演、出演、SNS投稿などで、称号を与えた人の氏名や肩書、関係性を過度に強調したり誇張したりしないこと、師弟関係や指導歴を実態と異なる表現で発信しないことを書いています。違反して会社や称号を与えた人の信用を損なったときは、行為の停止を求め、損害の賠償その他の措置をとれる、としています。
呼び名の扱いを決めるときに確かめること
- その呼び名は、誰が付けたか。会社が付与したのか、従業員が持ち込んだのか。
- 退職後に、その呼び名を使うことを認めるか。認めるなら、会社の名称や屋号と一緒に使うことはどうするか。
- 呼び名を与えた人(会社の別の従業員など)の氏名や肩書を、退職後に言及してよい範囲はどこまでか。
- 呼び名が会社の営業を表示するものとして広く知られているか。広く知られている場合は、不正競争防止法の問題になることもある(2条1項1号)。
- 実態と異なる経歴の表示(師弟関係、指導歴)を禁じる書き方にするか。
競業の禁止と顧客への接触の禁止は、より慎重に書く条です。事務所の誓約書の当初の案には、退職日から2年間、会社の顧客や取引先、見込み顧客に、会社と競合する事業のために勧誘や引抜きをしない条と、退職日から1年間、一定の地域で、同種の事業に雇用されたり、経営や資金面で関与したり、開業したりしない競業避止の条がありました。誓約書の修正版では、この二つの条を外し、秘密保持、貸与物の返却、不適切な言動の禁止、連絡先の提供、称号の扱い、損害賠償に絞っています。
見比べ 競業の禁止と顧客への接触の禁止(退職時の誓約書の例)
顧客等への接触
退職日以降2年間、顧客・取引先・見込み顧客に、競合する事業のための勧誘や引抜きをしない。
この条を置かない。顧客の情報は、秘密情報の返還と秘密保持で守る。
理由接触を禁止する範囲が広いと、従業員の行動を過度に縛る。顧客情報の持出しを防ぐ手立ては、秘密保持の条で足りるかを確かめる。
競業の禁止
退職日から1年間、一定の地域で、同種の事業に雇用される、関与する、開業することをしない。
この条を置かない。置く場合は、期間、地域、職種、対価を具体的に書く。
理由競業避止は、期間・地域・範囲・代償の有無によって、有効と評価される範囲が変わる。書面に「職業選択の自由を不当に制限しない」と書いても、それだけで有効になるわけではない。
条を外すときは、その条のためだけに置いた定義語も一緒に外します。定義語は、使う条があるときだけ置くもので、本文で使われない定義語が残ると、読む人は、どこかに該当する条があるはずだと探してしまいます。競業の禁止を残す場合は、制限に見合う対価(支払う金額や、その返還の条件)を条の中で具体的に書きます。対価の返還を求める条を置くなら、前の条に対価の定めがなければ、何を返すのか分からなくなるからです。
退職の書面で起きがちなこと
従業員の側で書面を受け取ったときに確かめること
- 会社の側にも義務(再就職先に不利益な情報を伝えない約束など)があるか。
- 退職後に自分が守る義務の範囲と期間は、具体的に書かれているか。
- 違約金の記載があるか。ある場合、賠償額の予定と実損の請求が両方書かれていないか。
- 保証人の記載があるか。ある場合、極度額と期間が書かれているか。
- 清算の条で、退職後の義務がどう扱われているか。
退職の書面は、会社と従業員が納得して区切りをつけるための書面でもあります。必要な義務を過不足なく書き、書けない約束は書かない、という組み立てが基本です。合意書、誓約書、示談書という書面の種類の違いは書面の種類と当事者の組み方のページで扱っています。
よくあるご質問
退職合意書と誓約書は、どう使い分けますか?
退職合意書は、会社と従業員が互いに約束する書面で、退職日、引継ぎ、私物、口外禁止、清算などを書きます。誓約書は、従業員が会社に差し入れる書面で、退職後の秘密保持や貸与物の返却などを書きます。合意書に誓約書を付帯させる形にして、同じ義務を二つに重ねて書かないようにします。
退職後の義務に違約金を付けられますか?
労働基準法16条は、労働契約の不履行について違約金を定め、損害賠償額を予定する契約を禁じています。退職後の義務にこの条文が及ぶかは、書面の作りや実態によって評価が分かれ得ますが、触れるおそれがあるため、事務所の書類では違約金を置かず、違反によって生じた損害の賠償と差止めを請求できる、と書く形にしています。
誓約書に保証人を付けるときの注意点は?
将来の不特定の債務を個人が保証する契約は、極度額を定めなければ効力を生じません(民法465条の2第2項)。保証の期間にも注意が必要で、身元保証の性質を持つときは、期間を定めなければ成立の日から3年、定めても5年が上限です(身元保証に関する法律1条、2条)。付けるかどうかを、先に見直します。
競業の禁止や顧客への引抜きの禁止は書けますか?
書くことはできますが、期間、地域、職種、対価を具体的に書く必要があり、範囲が広いと従業員の行動を過度に縛ります。事務所の誓約書の例では、当初の案にあった顧客等への接触の禁止(2年)と競業避止(1年)を、修正版で外しました。顧客情報の持出しは、秘密情報の返還と秘密保持で守る設計です。
退職後に、在職中の呼び名や芸名を使うことは禁じられますか?
禁じるかどうかは、契約の定めと実態によります。事務所の書類では、会社の所属者が付与した称号について、退職後の使用そのものではなく、称号を与えた人の氏名・肩書・関係性を過度に強調しないこと、師弟関係や指導歴を実態と異なる表現で発信しないことを書いています。呼び名の由来と付与者の関係を、先に整理します。
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